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早稲田で読む早稲田で飲む【第12回】

第12回 グランド坂上の「消失風景」 南陀楼綾繁

最近出た、末井昭『スエイ式人生相談』(太田出版)のまえがき
は、こう始まっている。
「高田馬場の白夜書房の近くに、僕が『昭和の遺物』と呼んでいる
『白ゆり』という喫茶店があります。近頃流行りのカフェなんかとは
だいぶ趣が異なり、店内は薄暗く、エンジ色の椅子はボロボロで、壁
にはチープなステンドグラスがはめ込まれ、たまに厨房で喧嘩が
始まったりします。正直言って、コーヒーはそれほど美味しくありません」

で、末井さんがここに座ってボーッとしていると、編集者が人生
相談の手紙を持ってやってくるという。末井さんの答えは、一言で
いうなら「投げやりな正論」で、こんな答えもらってもどうしようも
ナイものなのだが、回答場所は〈白ゆり〉だったと聞いて納得。この
本の書名、『白ゆり人生相談』という案が却下されたらしいが、もし
そういうタイトルになっていれば、「早稲田で読む」のにふさわしい
一冊になっていたのではないか。
 以上、余談。

 さて、大学入学時から数えて18年ほど、早稲田近辺をうろついて
いるのだが、なかでも風景が大きく変わったエリアが二つある。
ひとつは、南門通りの「第一学生会館」があった辺り、もうひとつは
グランド坂上の交差点付近だ。

 グランド坂近辺が変わりはじめた、と感じたのは、まだ在学中の
1980年代末。安部球場を壊して、図書館をはじめとする早稲田大学
の施設を建てはじめた頃だ。安部球場の裏には小さなアパートや
民家があり、そこに住んでいた知人を訪ねて行った覚えがある。
いまその辺りには、新目白通りから早稲田通りに抜ける道路が通って
いる。この道路は、グランド坂の上で、グランド坂通りと出会う。
この道路が完成したのは、1990年代の後半だったと思うが、これに
よって、近辺にあった路地や店は根こそぎ消滅してしまった。

 たとえば、生協食堂の斜め向かいにあった〈大学いも〉。いつ前を
通っても、開いているかどうかが判らない、掘建て小屋みたいな店
だった。たとえば、1993年の6月から12月まで、〈大学いも〉の右手
の小さな道を入ったところにあった〈タコシェ〉。当時は「ガロ」
関係の本やグッズを扱う店で、ガランとした店内で松沢呉一さんと
話した記憶がある(その後、中野ブロードウェイに移転)。残っている
店は、西門通り入り口の〈前野書店〉(建て替えたけど)ぐらいか。

 ただ、こう書いていて、いまいち自信が持てない。現在のグランド
坂上を何度見ても、当時の地図を頭に思い浮かべられないからだ。
消えてしまった風景を、記憶にとどめておくことは難しい。東京の
散歩者・冨田均は、『東京私生活』(作品社)で、すでに無くなった
場所を撮った写真を「消失風景」と名付けて哀惜しているが、誰か、
グランド坂が変貌する直前の「消失風景」をお持ちではないだろうか


☆著者プロフィール--------------------------------------------------------
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
1967年、出雲市生。1986-90年、早稲田大学第一文学部に在学。
現在、ライ ター・編集者。「sumus」「サンパン」「本のメルマガ」などの同人として、
本 に関するあれこれを書き散らす。
世界初(自称)の古書目録愛好フリーペーパー 「月刊モクローくん通信」を発行中。
問い合わせはメールで。kawakami@honco.net
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2004年09月27日

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