大好きな趣味で開業する!ネット古本屋開業マニュアル
大好きな事で開業や副業をしたい」方には、自分が好きな趣味の分野で、お店が開けるネット古本屋をおすすめします。ワクワクな副業・週末起業ライフ実現の方法を連載!


<愛・地球博>
今、僕は3/25〜愛知県で開催されている、愛・地球博ガスパビリオン“炎のマジックシアター”という舞台にコージという役でほぼ毎日出演しています。
ご存知の方も多いと思いますが、愛・地球博は21世紀初の国際博覧会で、
世界中120カ国以上の国と企業がそれぞれの特徴を活かしたパビリオンを
出展しあって、世界中から集まるお客様に直接触れ合いながらお互いを知る
ことができる国際レベルの文化祭みたいなイベントです。
僕が参加しているガスパビリオンでは、メインショーで炎のマジックシアターという舞台、展示ホールでは“燃える氷”=メタンパイドレートなど、ガスの可能性を未来に伝える展示の2つで構成されているパビリオンです。
<ガスパビリオン“炎のマジックシアター”>
炎のマジックシアターは、炎のマジックの第1人者“炎村大源”と、かつて破門され
た兄弟子の“燃八”、そして僕が演じている弟子の“コージ”、3人が登場する物
語。内容は、「愛・地球博で、マジックショーを行う当日、本番ギリギリになって
も、肝心の炎村大源が現れない。あせる弟子のコージ。しかし実はかつて破門された
兄弟子、燃八の罠だったのだ!突如ショーに出演しなくてはならなくなったコージ。
果たしてその運命は!?」といった感じ。キャストは、お師匠=炎村大源役に津川雅
彦さん、燃八役に古田新太さん、コージ役に僕を含む、7人の若手俳優が挑んでいま
す。
<コージという役>
実はこの舞台、実際にライブで出演するのは、コージ役の青年ただ一人。つまり、僕
だけなんです。
お師匠役の津川さんや燃八役の古田さんは映像でのみの出演で、物語の始めや、
ポイントとなる部分に絶妙なタイミングで登場します。舞台はコージのワンマンショー!
1回は20分」のショーですが、そのステージを1日30〜31ステージ僕を含めた7人
のコージたちが日々ローテーションして、マジックをし、踊り、歌い汗だくになって
取り組んでいます。
<“コージと炎のマジックショー”>
コージ役をやるにあたって、選ばれた僕たち7人は約半年前から準備をしてきまし
た。マジックは実際に炎を使ったマジックを習得する為にマジック界の大御所「ヒロ
・サカイ」さんに教わり、ダンスは大人気“珍しいキノコ舞踏団」”の「伊藤ちえ」
さん、歌はボイストレーナーであり、コーラスグループ“S.I.P”のリーダーであ
る山路浩加さんといった一流の講師陣に指導を受け練習してきました。マジックシア
ターといっても、マジックミュージカルに近い舞台なんです!!僕たち7人のコージ
達は18才から31才までと年齢も経験、キャラクターが違うので結果、コージとい
う役が同じ年齢で同じ役だといっても、それぞれ個性的なコージで、現在は、舞台上
で色とりどりのショーを魅せています!!
<天国と地獄のライブショー>
炎のマジックシアターには役者にとって深刻な問題があります。それは、「暑さ!」
「夏なのに炎のショーとはどういうことだ!?」っていう大問題です。しかも、愛知
の夏は暑い!!平気で35度以上に気温が上がるんです。更に舞台上は沢山の炎が出ます。
コージ役の僕らは1ステージ終えるたびに汗だく・ビチョビチョの状態になっ
てしまうんです。暑さが半端じゃないと、たまに少し気を失いそうになります。
ただ一方で、来場するお客様の大半はファミリーや、おじいちゃん、おばあちゃん。
暑い中1〜2時間もこの20分のショーの」ために待っていてしかも、ショーをみ
て、楽しんでくれたり、応援してくれるのを見たりすると、凄く嬉しくなって、こっ
ちが幸せになってしまいます。
そんな地獄の中の天国を味わいながら僕らはもう一人に付き500ステージ以上、計
3500ステージ以上やりこなしてきました。その多くのエネルギーは毎回観に集
まってくれるお客さんからのパワーと笑顔に多く触れることが出来ることで、「この
舞台がお客様に夢を与えることができる舞台なんだ」と僕らが信じることの出来る瞬
間があるからなんだなぁ、と今は思いながら舞台に立っています!
<最も、嬉しかった瞬間&涙もろくなった僕」>
万博でのショーは、普段の舞台とは違って、観て頂いたお客様の声を直接聞く機会が
ほとんどありません。1ステージが終わったら」すぐにつぎのステージで幕間の時間
がほとんどないので舞台のように終わってからお客様とあったり、アンケートを見る
ことが出来ないのです。だから、僕らは本番中の歓声や、拍手の感じで、お客さまの
満足感を感じています。
そんな中、1ヶ月くらい前の休日。家の近くの駅で立ち話をしていると、子供3人と
母親2人の家族がワイワイこっちに向かってきました。“かわいいな、これから万博
にいくんだな”と思って」見ていると、子供たちが何かを楽しそうに言い合っている
のです!よく聞くとその言葉は『フリント・ファイアー・フゥ』、僕は嬉しくて叫び
そうになり、キョロキョロしてしまいました。『フリント・ファイアー・フゥ』とは
僕らがショーの中で使っている炎をつける魔法の言葉!それをこんな街の駅で聞ける
なんて!自分たちがやっているたった20分のショーが子供たちに何かを与えられて
いるんだ!そう実感した瞬間、僕はこの仕事をしてここにいられて良かったと思った
のです。
また別の日、その日の最後のショーが終わり、パビリオンの外のベンチで座っている
と目の前にいた家族の元へ警備員さんが迷子の子供を連れてきて受け渡すという光景
を目にしました。子供が戻ってきたとき、お母さんは警備員さんにお礼を言い、その
子の事を、「どんどん先に行ったらダメ!なんで行くの!?」と叱りました。警備員
さんが帰るとお母さんはその子に、叱りながら言いました。「あなたは声が小さいの
だからはぐれた時は「お母さん」と大きな声で言えなくては駄目!ほら、言ってごら
ん」「お母さん」という子供。「ダメ!もっと大きな声で、ホラ!」
子供は一生懸命大きく「お母さん!」そしたら、母親は「よく言えたね、エライね」
とその子を抱きしめました。その光景をボーッと見ていて、なんか涙が出そうになっ
た僕、それから、数秒後、それまで、表情を変えることのなかったその子が、いきな
り大きな声で泣き出しました。子供をなだめる母親。それを見た僕はなんだか号泣。
「いいな、万博」なんだか、初めて、「愛・地球博」な感じがしました。
こんな愛を持っているご家族に僕らは、夢のある舞台をみせているんだ!と思うと、
自分のできる限りの舞台を1回1回見せなくては!と心に強く思いました。
<あと半分!>
ガスパビリオンは先日来場者数が150万人を突破しました。万博期間も残すところ
後2ヶ月ちょっと。
来場者150万人というのは、ガスパビリオンが予想していた全期間の来場者数なので、
これはちょっとした自慢のニュースです!それでもお客様というのは不思議なもので毎
日同じものを演じているのにその回ごとに反応や、喜ぶ箇所が大分違います。それ
は、その日の天気や、湿度、時間帯、そのときのお客様の年齢層や、気分、会場の雰
囲気などによってまったく変わるようでこれは今までも劇団で舞台に立っていて少し
感じては」いたが、実際毎日、色々な時間に舞台に立つ経験をすることで「こんなに
も違うのだ」と実感できていることは本当にいい経験になっています。
そんな中、役者として心がけていることは「毎回毎回、その目の前のお客様と共に
ショーを創っていく」という事。「お客様が、役者が舞台上で演じていることを感じている
のと同じように、こっちもお客様のことを感じて一緒に共通の時間を過ごそう」、僕は今、
この事を最も大切に」しながら舞台に上がっています。
それは、
その時、そのお客様とだけしかつくれない素敵な時間を過ごしたい!ということなん
です。そうは言っても、毎回毎回が最高とは言えず、反省も一杯するのですが・・
・。
ただ、他のパビリオンとは違いロボットがショーをするのではないので、“生”の人
間がライブをする!そのステージで凄いのはきっと、お客様が感じるだけでなく、僕
も、お客さんや、空間を感じられるんだという事♪だから僕は1回1回のショーでお
客さんから感じられる全てのことを大切にできる役者になりたい!そして、それを良
いものとしてショーに繋げて行きたい!!
残り半分は、もっともっとお客様と、「あたたかいもの」「ふれあい」を感じあえる
ショーを演っていきたいと強く感じながらショーをやっています。
ガスパビリオンははっきり言うと何か凄いもの!というのはあまりないパビリオンか
もしれません。ただ、生の人間がショーをする!という点においては最もお客様と
“ふれ愛”のある愛・地球博”ならではのパビリオンだと思っています。ポイントは
ただ、若者がガスパビリオンで炎のマジックをやっているだけではなく、それが物語
の一部になっている点!そこにはコージという“若者の成長”のお話が描かれている
事。若者の成長の瞬間を目の当たりに体感できるのは万博中でこのパビリオンだけだ
と思います。
先日、映像出演して頂いている“津川雅彦”さんが激励に来てくださってこうおっ
しゃていました。「『フリント・ファイアー・フゥ』は幸せを運ぶ言葉だ!みんなで
もっとこの言葉を大切にしていこう!!」
舞台というのは、文字で書かれた夢を現実に観せる事のできる空間です。役者はお客
様に夢を現実にして目の前に見せられる職業なのです。
万博もあと半分を切った今、残りを役者として、できる限りの“夢”をご来場頂いた
お客様に見せられたらとおもいます!そして胸をはって東京のみんなの元へ帰ろう。
これを読んだ皆様、良かったら1度、愛知万博へ!ガスパビリオン“炎のマジックシ
アター”へお越しください!一緒に素敵な時間を過ごせたら幸せです☆それではま
た!
2005 7.20 久保木 秀直
☆お知らせ
8/1にNHK総合の「ほっとイブニング」という番組でガスパビリオンの密着取材が報道されます。久保木も登場するとこことですので、ぜひ御覧になって下さい。
―第6回目 〜半年ぶりのコラム〜2003年7月17日 ―
久保木 秀直
◆お知らせ
来年愛知で開催される、「愛・地球博」という国際万博(←日本ではつくば万博以来)のガスパビリオンで行われる「炎のマジックシアター」という舞台に主役で出演決定!!なんと津川雅彦さん、劇団新感線の古田新太さんと共演!!
[半年の間に・・]
久々にコラムをかいています。実に6ヶ月ぶり。この6ヶ月の間僕は、劇団"大人の麦茶”の公演に2つ(1月「ピンポンダッシュ」4月「TOO MUCH BABY BOY」)出演したり、バンド"てけ・まろ”をつくり、2年くらい前にやってた"霞町楽団”以来久しぶりに音楽活動はじめたり、それと友人の結婚式や2次会に呼ばれまくって、7回くらい出席したりしました。
[結婚ラッシュ]
たった半年間の間に結婚が続いたのにはびっくりした。世間に『ケッコンラッシュ』といわれるものがあるとは知っていたけれど、まさか今年自分のとこに来るとは。成人式から早6年、今年こんなことになるとは思ってない僕にとって、『冠婚葬祭』に対する準備意識など備わっているはずもなく、"こんなとき用のちゃんとしたスーツ”も、もちろん持っていなかった為、急遽、劇団の先輩にあたる"おしゃれ隊長”=中神一保氏から"ちょっとかわいいスーツ”を借りて、全ての結婚式をそれ1着で乗り切ったのだった。(余談ですが、前々から父親には「スーツくらい買っておけ」と言われており、やはり親の言うことはちゃんと聞いたほうがいいと思う。)
[友人の結婚]
スーツ1着で、仲間の結婚式に出まくり思ったのは「やっぱりみんな結婚するんだなぁ」という事。とはいっても自分だって今まで、「結婚を考えること」はあったが ・・・やはり同世代の、それも一時期何かしらの形で、同じ空気を共有した仲間が、 自分の目の前で結婚していく姿をみているとその人のことを「凄いなぁ」とか「結婚しちゃったよ」とか「幸せそうだな」とか「エライナ」「いいな」とか色々思ってしまった。
それに同時に、急に自分にとっても"結婚”が身近に感じてきて、今までなかった位に、「俺もきっと結婚するだろうな」とか、「今結婚したらどうなるのかな?」なんてことをカナリリアルに想像してしまう。う〜〜〜ん結婚って素敵!いいもの!ですな。
そして、きっと本当に凄いことで、よくよく考えれば今の僕にはやっぱり無理!って思ってしまう事でもあるのだ。だから結婚していったみんなをスゲェなと思うし、なんか自分の目の前で自分より1つ先に行かれちゃった気もするのだ。
[突然ですが・・・]
突然ですが、僕は今26歳。自分でいうのもなんだけど僕にとって26歳というのはかなり微妙。"まだまだ若い”といえば若いし、"もう大人”といえば十分に大人な年頃。この間、アルバイトの面接のTELをしたら、初めて「社員希望でよろしいですか?」といわれた、慌てて「い、いやアルバイトで・・」と切り替えしてみたが、後になってみると"そりゃそーだわな”とも思う。普通の場合、就職してて当然な年齢だしね。
そういえば、今年に入って「あれもやらなきゃ」とか「あれもやりたい」と思うことが多くなった気がする。何だか“大人になっていく”というような事に対して、わからないのに焦ったり、不安になっているんじゃないのかと思う。
『やらなきゃいけないと思う事』は山のように思いついて、それを前向きに1つ1つ片付けられていると安心する。けど、何かの拍子に少しでも休んじゃうと、山積みになった『やらなくちゃいけない』が不安や嫌悪に化けて押しつぶされそうになるのだ。僕にとっての26歳は何だかそんな不安定な年齢だ。
[幸せ?結婚?]
「人は皆幸せになりたいだけなのにな・・・」僕の劇団の作・演出家ー塩田泰造ーの作品の1つにこんな台詞が出てくる。僕はその台詞が印象的で、事あるごとによくこの台詞を思い出す。そして「そうだよな」とかよく思うのだ。
“結婚”っていうのは凄い幸せの形だ。自分が愛す大切な人と人生を共にする事、自分の家族を持っていく事、これは凄く幸せな事!・・だから僕の周りの仲間達も続々と結婚していっているのだろう。皆が幸せになりたいと思っているのだ。でも、
同時に“結婚”には大きな“守る責任”というものをを背負うことも必要となるので はないか?「お嫁さんを守る」「家族を守る」。“守る責任を果たすこと”は同時に“結婚前には当たり前にあった自由を奪う事”になると思う。それは今の自分にとって幸せか?でも“結婚”はそれらを“ちゃんと守る事”が“結婚する幸せ”に直結しているものだと僕は感じてしまうのだ。
[役者はよう・・・]
そんな事を考えているとやっぱり、“自分のことばっかし考え””自分の為に夢を見る”=役者という人間は、ナカナカ“結婚”へは踏み切りづらくなるんだろう なぁ。今の自分の周りの同年代の結婚ラッシュの中にもやはり役者の仲間は1人もいない。大好きな人がいて、「この人と一緒にいたい!」って思っても、今は自分の事だけでも一杯一杯の人間に「どうやってもう1人の人間を守っていけるのか?」と自問自答すればやはり厳しくなってしまう。“収入が安定しない”“これからの事もわからない”そう思ったら、結局1人で自由を持っていた方が身軽で、現状を考えたらしょうがないということになってしまう。
[スゲェ奴ら]
一方で、若いうちに結婚している役者がダメになるかというとそうでもない。自分はここ数年、ほとんど年上↑(といっても30代)と舞台をやらせてもらってきたが、振り返ってみると自分にとって“いい役者さん”だと思える人が、若いうちに結婚しているという事実があることに気付いた。
“これは、一体どういうことだろう?”と思ってしまう。実は結婚することによる“守る責任”というのは、役者にとっては“有効なもの”なのではないか?・・・でもよく考えるとこういうことじゃないかと自分は思う。それは、「きっとこの人達は凄い奴だ」もしくは、「凄い奴になった人達だ」ということである。
つまり、この人達は、“役者”として自分の事で一杯一杯になる状況でありながら、同時に愛する大切な人や家を“守る責任”も果たしてやってきている凄い人達なのである。今の自分からはちょっと想像もつかないことを今の自分くらいの年齢から何年間もやってきているという事実。
“役者は生きてきた過程が武器になる”・・らしい。この人達は、そんな凄い事をやってきた漢(オトコ)だからこそあんないい芝居ができるんじゃないかと思えてしょうがない。
[幸せになろう]
「幸せになりたい」、最近またよくそう思う。別に不幸せではないけど。
僕が自分に幸せを問うと、今のところやはり「芝居」に関することが大きいようだ。今までは『芝居』に対して有効でないと思うもの、邪魔なもの、めんどくさいものなどは捨ててしまう事が多かった。でも、最近は、それが自分にとって大切であったり、愛していると感じるなら、自分にとって重荷であったり、足手まといと感じるものであったとしてもそこを無理矢理もがいてみたいと思うようになった。
僕の26歳は微妙な年齢だ。『やらなくちゃいけないと思う事』は山のように思いついて、それを前向きに1つ1つ片付けられていると安心する。けど、何かの拍子に少しでも休んじゃうと、山積みになった『やらなくちゃいけない』が不安や嫌悪に化けて押しつぶされそうになるのだ。そんな時期に手放せないもの、愛しいものを抱えて、守って生活していく。それはきっと物凄く大変だけど、それを何とかやり抜いたとき、やり通せるようになった時には、自分もいい漢(オトコ)、いい役者になれるかも!?そこには幸せも待ってる!そんな気がするのだ。今はそれを信じてみたいと思うのだ。
(2003.7.17)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------

久保木 秀直(くぼき ひでなお)
S.52年 茨城県生まれ、千葉県育ち。早大在学中、早稲田大学演劇倶楽部に所属。演劇を始める。innerchild,INSTANTwife,ロニーロケットなどの公演に参加。
98年、CMディレクターでもある演出家、塩田泰造のユニット“JALOPY”に初参加。以後現在に至るまで、ほとんどの塩田作品に出演。2000年より、歌と踊りと芝居の融合をコンセプトにしたバンド、霞町楽団の立ち上げに参加。霞町楽団のボーカル 兼演出・構成・振り付けなどを担当。バンドでの名前は「まろ」。ここ数年の目標は、「日本一の芝居を打つこと!」その為毎年正月には、初詣に行って、お祈りするのが習慣。 現在はフリーで活動中。
★所属劇団『大人の麦茶』ホームページ
http://www.otomugi.com/
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―第5回目 〜新春舞台開催!!〜 ― 久保木 秀直
◆お知らせ
来年愛知で開催される、「愛・地球博」という国際万博(←日本ではつくば万博以来)のガスパビリオンで行われる「炎のマジックシアター」という舞台に主役で出演決定!!なんと津川雅彦さん、劇団新感線の古田新太さんと共演!!
※下記は、2003年1月4日に書かれ記事です。
〜早稲田大学演劇倶楽部出身・久保木秀直です〜 皆様、ご無沙汰しております。僕は現在、ウッディシアター中目黒にて1月7日〜13日に行われる舞台「ピンポンダッシュ」の稽古の真っ只中であり、毎日毎回が、刺激的で楽しく、 苦しくもある日々を送っています。
僕が、今回出演する”大人の麦茶”という集団は、もともと早稲田大学出身の人達が中心となって創られた演劇団体で、在学中は、作・演出を担当する塩田泰造氏が、「浪人街」という映画サークル、役者の、池田稔氏、北原幸久氏と僕(久保木)は、「早稲田大学演劇倶楽部」という演劇サークルで、学生生活を過ごしていたという経緯を持ってます。
今回、公演する「ピンポンダッシュ」と いう作品は、4年前(98年)に行なわれた作品であり、初演時では、今まで映像という分野にいた1人の演出家(塩田氏)が、本格的に演劇というライブに惹き込まれ、期せずして、出身を“早稲田大学演劇倶楽部”にもつ全く世代の違う3人の役者 (池田氏、北原氏、久保木)が、その後今まで、塩田氏と共に演劇活動をする事になったきっかけとなった芝居です。
再演となる今回は、“大人の麦茶初のWキャスト公演”というものに挑戦し、初演時に参加していたメンバーは、 『前回とほぼ一緒の台詞に対して、初演とは違う役柄(キャラクター)で演じる』という事に挑戦しています。 更に、我が先輩、池田氏と北原氏に至っては、Wの芝居でお互いの役を交換して演じるという離れ技にもチャレンジ中です。
初演時に参加 している僕にとっては現在、“4年前に演じた同じ役”というものと必死に格闘して いる最中である、と同時に、『4年前に1つの役に付いた自分の中でのイメージというものはこんなにも強いものなのか』と、演じる前まで、4年前の事などどのくらい覚えているか不安だった自分自身に対しての驚きも感じている所です。
具体的には、前回公演で、舞台上で作った1つの世界と、その中にいる1人物、 その人間と他の者(物)との関係性や、空気、世界感などが思った以上に身体の中に染み込んでいて、“違う感じ”で演ッテルつもりなのにいつのまにか 「前回のようにうやって落ちついている自分」がいる。
感覚的にいえば、 「昔の親友に会うと、結構簡単に昔に戻れた気になった」り、「何年も前に別れた彼女と、偶然どっかで再会し話をすると、いきなりスゴクリアルに好きだった当初の事を思い出したりする」というような感じでしょうかねぇ。
まぁ、とにかく舞台の稽古というものは楽しいものでもあるけれど、同時に僕には苦しいものでもあるのです。 でもなんだか、色んな事をクリアして、イイ舞台が出来た時には今までの苦しみなど一瞬にして消えちゃって、ただ、ただ、有頂天。喜びで一杯になっちゃう。今回の舞台「ピンポンダッシュ」は、『港、横浜、黄金町のアパートを舞台に、個性的な住人達と、天井裏にひっそりと暮らすヒキコモリ男が繰り広げるバカバカしくも切ないコメディー作品』です。
最高にいい芝居にしたいと思います。同じ脚本でも演出と役者でココまで違う!ライブならではの贅沢です。もし都合がついて観にいらっしゃれるかたは是非、劇場まで いらして下さい。お待ちしております。
☆著者プロフィール---------------------------------------------------

久保木 秀直(くぼき ひでなお)
S.52年 茨城県生まれ、千葉県育ち。早大在学中、早稲田大学演劇倶楽部に所属。演劇を始める。innerchild,INSTANTwife,ロニーロケットなどの公演に参加。
98年、CMディレクターでもある演出家、塩田泰造のユニット“JALOPY”に初参加。以後現在に至るまで、ほとんどの塩田作品に出演。2000年より、歌と踊りと芝居の融合をコンセプトにしたバンド、霞町楽団の立ち上げに参加。霞町楽団のボーカル 兼演出・構成・振り付けなどを担当。バンドでの名前は「まろ」。ここ数年の目標は、「日本一の芝居を打つこと!」その為毎年正月には、初詣に行って、お祈りするのが習慣。 現在はフリーで活動中。
★所属劇団『大人の麦茶』ホームページ
http://www.otomugi.com/
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―第4回目「“文化の街「早稲田」の想像”その2」
演劇の街「ワセダ」を語るその2― 久保木 秀直
[人気がほしい!]
今、僕の周りには集客数が1000人程度の“忍耐の時期”を過ごしている劇団がゴロゴロいる。
それは、僕が今25歳で、大学を出てから2〜3年という最も、“プロになりたい”という事に対して、熱い時期であるからかもしれないが、どの連中も「自分達のやっている事が一番おもしろい!」と思いつつも、「このままやっていてホントに人気が出るのだろうか?」という不安を抱えながら演劇をやっているようだ。そしてそんな中で、かたや数組の劇団が雑誌等の“マスコミ”に取り上げられたりして、一早く人気を博していき、かたや結構な数の劇団が解散や活動休止になってしまった。
「本当におもしろい芝居をしていれば、いつか人気劇団になるようになる。」僕達は皆、そんな思いで芝居をつくっている。そして、きっとそれは間違ってはいないと思うのだ。が、しかし、劇団は、動員数1000人位で集客力の伸び悩みが生じるとどうしても何か“起爆剤”を求めるようになるようなのだ。
例としてわかりやすいのは、マスコミの力などである。実際、僕の周りでも、ある程度の時期からマスコミが取り上げて、それがきっかけとなって騒がれ始め、マスコミ主導のような形で人気を得ていった劇団が少なからずある。これは、“演劇”というもの自体がまだまだ一般には届き辛いもので、演劇に興味のある人達も“演劇情報誌”などのマスコミが推薦するものを頼りに観にいく。というような事が当たり前の状況なのだから、マスコミが劇団の人気を左右する力をもってしまうのは当然なのかもしれない。だから、どの劇団もマスコミに対するマスコミ対策に余念がなくなるのもしかたが無い事だとも思う。
ただ、僕は思うのだ。「本当は、観客が熱狂してて、毎回公演を打つたびに倍倍にお客が増えていっているから、マスコミが聞きつけてやってきて、その劇団を紹介する。」というような“観客主導”の人気の出方が、本来は理想的ではないだろうか。
[劇場をつくろう!]
そこで、提案がある。「早稲田に劇場をつくろう!!」である。具体的には、一公演の総動員数1000人〜2000人を対象とした、“学生劇団の人気劇団への登竜門”的劇場である。
早稲田を始め、東京中の学生劇団は、まず始めにこの劇場を目指すのだ。しかし、この劇場で芝居を打つのは動員数1000人は超えていないとできない為、数ある学生劇団の中でも“トップクラス”の劇団が集まってくるのである。
そして、この劇場でお互いさらに凌ぎを削るのだ。さらには、例えばそれを“一律1500円”で観られるようにしてしまう!というのはどうだろう?!そうすれば、学生の観客も離れていく事はないだろうし、何時行っても「おもしろい芝居が1500円で観れる」のだから、劇場に対するファンも付くはずである。そしてその劇場はいづれ、きっと、演劇における“早稲田のシンボル”になっていくのだ。
そうなると次第に演劇などに興味のある“ハイセンスな若者”などが「なんか面白いもの見たいなぁ」と思った時に、下北沢、新宿の劇場や、大人一枚1800円 の映画ではなくて、“早稲田の劇場”にくる。というような事になるのではないか?
そうしたら、早稲田の街に対する波及効果も期待できる。学生の街→文化的な若者の街へと変貌し、活気づくきっかけとなるかもしれない。劇場は“人気劇団の発信基地”としてのポジションを不動のものとするはずだ。マスコミだって注目するはずである。
実際は一律1500円という料金設定は、きっとかなりの問題があると思うが、“未来の早稲田文化の発展を促す文化事業”として、学生+街の方々+大学+東京都etc・・・など色々な人が折り合いを付けつつ協力しあえればこれだってきっと不可能ではないだろう。今なら、都知事は“石原慎太郎さん”だ。“都認定の大道芸人”をつくっ た石原さんである。東京都に話をするにはいい時期かもしれない。
[早稲田のシンボル]
いろいろ話してしまったが、とにかく“学生演劇の聖地=早稲田”が、“演劇の街” になっていくには、街の“劇場”という“シンボル”がなくてはならないのだ。
現在、僕と同じこの “ワセダサイドウォーク”上で、DUCEの沼田氏が、“早稲田松竹復活プロジェクト”というコラムを書いている。僕は沼田氏とは直接面識はないのだが、僕自身はこの“早稲田松竹復活プロジェクト”の動向に非常に興味がある者の一人である。それは、「早稲田松竹」という映画館の存在は、早稲田の映画好きにとっては、1つのシンボルであったと思うからだ。
そこでだ、いっその事“「早稲田松竹」を映画・演劇・音楽・美術”など早稲田文化の拠点となる多機能スペースにしてしまうというのはどうであろうか?
具体的には渋谷にある“東急文化村”の早稲田版のようなものである。けれども、向こうは“しっかりしたプロの作品”を公開するのに対し、こちらは “これからを担う者達の作品”を公開していくのだ。もし、このような事が現実化すれば、それは間違いなく文化的な“早稲田のシンボル”になるはずだし、前に書いたような早稲田の“学生の街→若者文化の街への変貌”、横手氏の言っていた “早稲田の魅力的なコンテンツのつながり”などの問題も飛躍的に前進していくと思うのだがどうであろうか?
演劇・映画・音楽・美術・スポーツ・マスコミ・古本屋街・政治・ラーメンetc・・・など早稲田には本当に様々な魅力ある文化的コンテンツが散らばっている。もし、それらが「文化の街」という形で、“シューッ”となる事が出来たら、きっと、「古都=京都」・「ディズニーランド=浦安」・「南国=沖縄」などのように外国の人から見ても分かりやすい「文化の街“ワセダ”」という魅力的な街が形成できるはずだ。
横手氏が、「早稲田古本ネット」を始め、沼田氏が「早稲田松竹復活プロジェクト」を始めたようにきっと、それぞれの分野で“早稲田を大好きな人たち”が実はいろんな事を考えたり、行動したりしているのだと思う。
横手氏や、沼田氏は今回の僕のコラムを読んだら一体どのような感想を抱くのだろうか?そして、多くが「早稲田」や、「古本」がらみで流れてくるであろうこのHPで、偶然にこのコラムを読んでしまった方々!!も しも思う事があったならその方の意見も聞いてみたい気がするのだ。
☆著者プロフィール---------------------------------------------------

久保木 秀直(くぼき ひでなお)
S.52年 茨城県生まれ、千葉県育ち。早大在学中、早稲田大学演劇倶楽部に所属。演劇を始める。innerchild,INSTANTwife,ロニーロケットなどの公演に参加。
98年、CMディレクターでもある演出家、塩田泰造のユニット“JALOPY”に初参加。以後現在に至るまで、ほとんどの塩田作品に出演。2000年より、歌と踊りと芝居の融合をコンセプトにしたバンド、霞町楽団の立ち上げに参加。霞町楽団のボーカル 兼演出・構成・振り付けなどを担当。バンドでの名前は「まろ」。ここ数年の目標は、「日本一の芝居を打つこと!」その為毎年正月には、初詣に行って、お祈りするのが習慣。 現在はフリーで活動中。
★所属劇団『大人の麦茶』ホームページ
http://www.otomugi.com/
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―第3回目「“文化の街「早稲田」の想像”その1」
演劇の街「ワセダ」を語るその1― 久保木 秀直
[コトの始まり]
このコラムの連載が決まった頃、このHPの主宰である横手氏と4時間位、早稲田のシャノアールで語り合った事がある。
話題は、「文化の街“ワセダ”の形成について」であった。僕と横手氏とは同時期に早稲田大学で学生時代を過ごした仲で、現在お互いの進む道が全くちがってしまってからは、共通点は「二人とも早稲田が大好き」という事ぐらい。
事の発端は横手氏のこんな発言だった。「早稲田古本ネットをやるようになって、早稲田の街の人とたくさんふれあうようになった。それで、改めてこの街には、色々な魅力のあるコンテンツとそれに対するエネルギーが詰まっていると感じた。でも、今はそれらの魅力が上手く繋がっていない、だからそれぞれの持つエネルギーがいまひとつ街の魅力に成り得ていないんだ。」というようなことを いっていた・・・気がする。おそらく言っていた。
そこから2人は猛烈に、「古本の話」「早稲田出身芸能人の話」「早稲田松竹の話」「早稲田祭の話」「早稲田の街の話」etcなど早稲田の持つコンテンツに対する“俺は早稲田のココが好き!”というよくわからない自慢話?が繰り広げたのだった。そして結果的に「このような早稲田の持つ文化的な側面が上手く繋がったら、早稲田はスゴイ街になるのではないか?」ということに流れていったのだ。
今思うと、横手氏はその時点で、早稲田の文化的側面である“古本”をつなぐこのHPを立ち上げていた訳で、きっとそのような事は前からなんとなく頭の中にあったんだと思う。そして、このワセダサイドウォーク は、“早稲田の文化のエネルギーを繋ぐ1つのきっかけ的存在に成れるのではないか ?”僕はそんな気がするのだ。
そんなこんなでで僕は、「文化の街“ワセダ”」の前に「演劇の街“ワセダ”」の事を想像してみることにした。
[演劇の街・・・・]
東京には、演劇のメッカといわれる土地が数カ所ある。代表的なのは新宿や下北沢などだが、これらの街には1つの共通点がみてとれる。それは、新宿駅の周りには、タイニィアリス・シアターモリエール・シアターサンモール・シアタートップス・紀伊国屋劇場etc、下北沢駅の周りには、 「劇」小劇場、駅前劇場、OFFOFFシアター、スズナリ、本多劇場etcのように1つの駅の周り(おそらく半径一キロ以内)に大小様々な複数の劇場が密集してい るという点。そして、それらの劇場が、集客数300人位まではこの劇場、1000人位までは、この劇場、というように劇団の成長に合わせて、土地を変えずに使う劇場 が変わっていく事ができるというシステムが出来上がっている点である。
そして、こ のシステムは若い小劇団に対し「よし!○年間であそこの小屋でやれるようになって やる!」というわかりやすい目標にもなっているのだ。そして、順調に動員数を伸ばし、その土地のトップの劇場でレギュラーのような形で芝居を打っている集団になる と、みんなから羨望の眼差しで見られたり、目標にされたり、新宿系、下北系などと よばれて、その土地で大きくなった有名劇団と云う事になっていくのだ。
それでは早稲田をみてみよう!早稲田の劇場はというと、今現在、一般的な劇場は “ゼロ”。1つも無い。実際には早稲田大学の校内に劇場スペースが2箇所あるには あるのだが、「ぴあ」などの情報誌に載っている一般向けの劇場は、大学校内以外に 今はゼロ箇所なのである。この現状は、「演劇の街“ワセダ”」という観点からすればかなり淋しいものがある。が、実はそんなに悲観的になる必要はない。実際はそう いった中でも、早稲田大学の中には、今も多数の劇団が存在し、有名になった劇団も数多くあるからだ。
では、それらの劇団はどのようにして成長していったか?やは り、どの劇団も大学校内の劇場から、公演を始めるケースが多いようである。大学の 劇場用スペースで劇団の旗揚げをして、ある程度の人気、集客動員数、組織作りがで きるようになると一般の劇場に進出していく。というケースが理想的なようだ。
学生劇団にとって、大学校内に劇場スペースがあるというのはありがたい。大学の施設である為、劇場代は無料、舞台はフリースペースのようになっているので自由な表現活動が出来るし、お金や責任のかからない分チャレンジ精神旺盛な表現活動が許されるからだ。さらに、大学校内である為、学生の客が集まりやすい。
[学生劇団の行く道]
しかし、一方で問題点もある。それは、劇団がプロになる事を本気で考えた時だ。プ ロ劇団として必要なこと、おそらくそれは公演で収益をあげ、さらにより多くの一般 の人々に作品を観に来てもらう事であろう。
実は、大学校内においてはこれらに応えることはできない。具体的には、大学では“営利目的の公演”は認められていない為、公演に対する収入的な面は初めからほとんど期待する事ができないのだ。仮に口コミや、いち早く情報雑誌などに取り上げられて、観客が増えていったとしても劇場スペースでは一公演の総動員数800人位のもので限界にきてしまう。一般 的に、2000人を超えたあたりから一般の観客が、ファンとしてついている劇団といわ れるらしいのでこれでは規模が小さすぎるのだ。
そんなわけで、プロを考えた学生劇団、または、心ならずも「卒業」を迎えてしまった学生(?)劇団などは大学以外の劇場を探し出すようになるのである。 大学以外の劇場を探し出した学生劇団で、始めから自分たちのやりたいような憧れの劇場で芝居を打てるということはかなり稀なケース。ほとんどの劇団が、今の自分達に見合った劇場を探すところから始まるのだ。
そのようにして、学生劇団は、新たな船出をしていくわけだが、そこにはいくつかのきびしい現実が待っているのだっ た。その厳しい現実の中、大体どの劇団も1度は“人気が出て売れ、憧れの劇場で芝居が打てるまでの「忍耐比べ」の時期”を味わうようになる。
具体的にはこのような流れだ
→1.まず、大学校内とは違い、劇場代・STAFF費等色々なお金がかかるように成る。
→2.収入源であるチケット代を高くしなければならない。
→3.今まで の主客であった学生が、場所が遠くなった事、値段が高くなった事などから集まり辛 くなる。
→4.一般のお客さんを増やす為に更にお金等がかかり劇団の負担が増す。
→5.劇団の皆のがんばりによりなんとか集客数1000人前後までいくが、劇団員皆、 自分の周りの知人・友人を呼び尽くしているので、先の事を考えると途方にくれる。
→6.なにかの“きっかけ”を掴んで人気が出たい!と思いながらも、モチベーショ ンとお金が勝負の“忍耐の時期”を過ごす。
→・・・そして、ここから先が様々。
チャンスを上手く掴んで人気の出る劇団、個々が様々な活動をして、個人的に売れていく劇団、逆にモチベーションが長続きせず、解散してしまう劇団など様々な結末が待っているのが現状なのである。
★次回⇒(“文化の街「早稲田」の想像”→その2ヘ続く!)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------

久保木 秀直(くぼき ひでなお)
S.52年 茨城県生まれ、千葉県育ち。早大在学中、早稲田大学演劇倶楽部に所属。演劇を始める。innerchild,INSTANTwife,ロニーロケットなどの公演に参加。
98年、CMディレクターでもある演出家、塩田泰造のユニット“JALOPY”に初参加。以後現在に至るまで、ほとんどの塩田作品に出演。2000年より、歌と踊りと芝居の融合をコンセプトにしたバンド、霞町楽団の立ち上げに参加。霞町楽団のボーカル 兼演出・構成・振り付けなどを担当。バンドでの名前は「まろ」。ここ数年の目標は、「日本一の芝居を打つこと!」その為毎年正月には、初詣に行って、お祈りするのが習慣。 現在はフリーで活動中。
★所属劇団『大人の麦茶』ホームページ
http://www.otomugi.com/
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― 野外劇を観て来ました ― 久保木 秀直
野外劇を観てきました。 題名は「東京ウエポン」。時は7月半ば、場所は花園神社 (新宿)のテント。いやぁ〜実に楽しかったです。 作・演出は松村武さんといって、僕のいた早稲田大学演劇倶楽部の大先輩(←ほとん ど面識ない)なのだけど、 僕は今まで見た松村作品の中で今回が1番おもしろかった。
何が面白かったかというと、1つは、“外波山文明率いる椿組”と“小劇場界の気鋭=松村武”が手を組んだという点。 外波山文明氏というのは、芸歴30年以上の役者さんで、一人芝居「4畳半襖の下張り」は、公演数170回以上ともいわれている、いわば演劇界の重鎮。
一方、松村武氏というのは、自ら「カムカムミニキーナ」(八嶋智人氏も在籍)という劇団を主宰し、現在最も人気のある集団の一つになるなど、今や小劇場界のホープ。
いやはや、この2人が一緒に舞台をやるとは夢にも思わなかった。僕は、外波山文明という人は、現在の“小劇場”なんていう芝居のスタイルを「こざかしい」思っていると思っていたし、松村武という人は、外波山氏のような芝居をやっている人たちを「ウザったい」と感じていると思ってたからだ。
つまり、この2人が組むということは、「似て非なるモノの融合」いいかえると「K-1vsPRIDE」、「異文化 コミュニケーション」、「この液体とこの液体を混ぜるとどうなるの?」的なおもしろさがあったのだである。
2つ目は、出演者に、年齢も、バックグラウンドも統一性がなかったという点。普通、野外劇をやるならば、体をメチャクチャ動かすし、声とかも通りづらいので、 「それように訓練された役者」を使った方が良いのではないかと思う。しかし、この芝居は違った。故・逸見政孝氏の娘・逸見愛さんを始め、TV、映画、舞台と様々な ジャンルの役者達が参加していた。「こんなメンバーでまとまるのかなぁ」と半信半疑だったのだが、ふたを空けるとびっくり!“シューッ”とまとまっていたのだ!確かに声の聞き取りづらさや、芝居の質の違いはあったけど、なんか“こいつら芝居が 大好きなんだなぁ〜”という感じが、作品につながり、観客につながって、みごたえ のある空間が創られていたのだ。
3つ目は、やはり野外劇(テント公演)であったという点だろう。今は、演劇というと、劇場があって、そこで上演するというのが当たり前になっているが、昔は、テント公演や、野外公演というのが珍しくはなかったのだそうだ。テント公演には独特 の雰囲気がある。この芝居では、客席が、木のひな壇になっていて、“売り子”が大っきな声で、ビールやジュースを売っていた。観客は、入り口で貰った団扇をパタパタやりながら、大きな声で談笑している。なんか、野球場や、お祭りにいるような感覚になる。普通の劇場だと、なんだか少し敷居が高い感じがするけど、テント公演だとスゴク大衆的。不思議なのは、舞台が始まる前は、客席の空間の中に舞台がある様に感じられるのに、本番が始まった瞬間!一瞬にして、舞台の空間 の中に客席側が同化してしまうという点である。普通の劇場ではなかなかこうはいかない。客席と舞台がどうしても別の空間になりがちになってしまうのだ。
劇場公演が 「ある空間を外から覗いてみる感じ」であるのに対し、野外劇は、「ある空間の中の一部になった感じ」がするのだ。自分がセットの一部になったような感じで、同じ空間の中で、その様子を観ている感じがする。野外劇は、演劇の中では、非常にLive(ライブ)的要素が強いのだと思う。音楽のLiveなどでは、よくファンがパフォーマーと一緒になって一体化している光景を目にする。これを見ていると僕は 「音楽っていいなぁ」と嫉妬してしまうのだが、野外劇にもそれと似たような感じがあると僕は思うのだ。
「人を興奮させるもの」、この事に僕は非常に関心を持っている。それは、自分が役者だからだと思うし、役者は人を感動させるものだと思うし、感動という事に、 興奮はつきものだと考えるからである。先程も言ったが、僕はよく、同じ表現技法の1つとして、“音楽”というものに嫉妬するのだ。 音楽は、音一つで“観客の心を もっていく”ことができる。そして、パフォーマーの投げかけるモノに対して、観客は、受け取った興奮を体イッパイに表わして、笑い、泣き、飛び跳ねることができるからだ。音楽が動物的だとすれば、芝居は理性的な要素が強いんだと思う。
1〜2年前頃、「音楽と演劇が一体にならないかなぁ」などとよく考えていたことが ある。そしたら凄いことになるんじゃないかと思ったから。実際、そんなバンドを 作ったりした。で、わかったことがある。それは音楽も、演劇も“声(音)と体と心を基本にしてつくられている”という事。もちろん細かい点ではいろいろ違う点はあるのだけど、僕の実感としては、“演劇”と“音楽”を構成している要素はスゴク似ているのだという事だった。
野外劇の話にもどろう。
野外劇は、観客に対して音楽のLiveに近い感覚を与える。演劇の中では、かなり動物的に鑑賞できるスタイルであると思う。この事は、演劇界にとって1つの希望なのではないか?観客も役者も一体になって、一緒に泣き、 笑い、叫ぶ芝居!そんなものがあったら、きっとおもしろいのではないだろうか!? 野外劇には、そのような事を可能にする希望がある。そんな気がする。
「東京ウエポン」の終了後、主宰の外波山氏がこのようなこと言っていた。「現在は、なかなかテント公演がしにくい時代になって いる。テント公演の灯を消さないようがんばっていきたい。」・・・・「観客が最も興奮する芝居」、この事はスタイルはどうあれ、演劇人 にとっては、1つの理想であるはず。
僕は、「東京ウエポン」を観て、興奮したし、 感動もした。希望もある。ちょっと昔までは、早稲田の劇団も、大学などでよく野外公演などをやっていたのだ。今では早稲田の野外劇は、早稲田大学演劇研究会のテン ト公演ぐらいしか聞かないが、ちょっと昔は、鴻上尚史の第三舞台が、学校の目を盗んで、一晩の間に大隈講堂の前にテントを張って公演をやったとか、学校からしめだ された劇団が、小講堂の前で野外公演をやったなどという話がある。また、寺山修司などは、杉並区一帯を使って、十九ヵ所で十九の演劇が同時多発的に始まり、次第に一つの事件となって行くという“30時間市街演劇「ノック」”という公演を行っ た。なんてことが、伝説のようにどっかから聞かされたりした。
現在、この椿組の野外公演は、毎年一回、新宿ど真ん中、「花園神社」で行われているのだが、一般の人はもちろん、演劇ファンの人にもあまり知られていないように思う。野外劇はおもし ろい。僕も若い世代の舞台人として、野外劇の灯を消さないよう見守っていきたい。
☆著者プロフィール---------------------------------------------------

久保木 秀直(くぼき ひでなお)
S.52年 茨城県生まれ、千葉県育ち。早大在学中、早稲田大学演劇倶楽部に所属。演劇を始める。innerchild,INSTANTwife,ロニーロケットなどの公演に参加。
98年、CMディレクターでもある演出家、塩田泰造のユニット“JALOPY”に初参加。以後現在に至るまで、ほとんどの塩田作品に出演。2000年より、歌と踊りと芝居の融合をコンセプトにしたバンド、霞町楽団の立ち上げに参加。霞町楽団のボーカル 兼演出・構成・振り付けなどを担当。バンドでの名前は「まろ」。ここ数年の目標は、「日本一の芝居を打つこと!」その為毎年正月には、初詣に行って、お祈りするのが習慣。 現在はフリーで活動中。
★所属劇団『大人の麦茶』ホームページ
http://www.otomugi.com/
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―きっかけ― 久保木 秀直
きっかけは大切だ。
6月に行われたW杯は近年で最も大きなきっかけであった、と僕は思う。とにかくエネルギーが凄かったのだ。 流行に敏感な若者だけでなく、YOUNGパパ・ママ、子供たち、サッカーを知らないおじいちゃん、おばちゃんまで日本国中、W杯に夢中になった。上手く言葉にできないが、“本物のFEVER体験しちゃいました!”というような、なんかそんな感じではなかっただろうか。これをきっかけに、きっとたくさんの子供がサッカーに憧れを抱いたのだと思う。“みんなで、同じ夢を追う。”そんな体験に、日本人は国中でシビレてしまったのかもしれない。
小学生の頃、僕はTVッ子だった。TVの中で起こる様々な出来事に一喜一憂していたのだ。中でも最も僕をワクワクさせたのは、ザ・ドリフタ−ズの志村けんさんと、巨人軍の原辰徳さんだった。
今思うと、僕が、今現在役者を続けているきっかけはここにある。あの当時、僕は間違いなく彼らに元気をもらっていたのだ。子供の頃、彼らを見るとうれしかった。「志村」に笑いを、「原」にホームランを期待し、彼らがそれに応えると、僕の中で彼らはスターとなって、憧れになった。そしていつからか“自分も彼らのように人に何かを与えられる存在(=スター)になりたい”と強く、漠然としつつも、割と強く思うようになっていたのだ。今となると、その思いは、いつも僕のどっかをしっかり支えている。そして、その思いを、いつまでも忘れないでいようと僕は最近、思うのだ。
19歳の時、早稲田大学に入学した。これが自分が役者になったきっかけである。それまでTVや、映画の中でしか見たことのなかった“役者”という人達が、この早稲田という所にはワンサカいた。「原辰徳」と「志村けん」に憧れて以来、漠然と、「スターになりたいなぁ」と思っていた青年を、早稲田は笑顔で包み込み、僕はいともたやすく役者になった。
そうなんです。早稲田は、「役者になるきっかけ」を掴む場所として、日本中で、最も簡単な場所であるといえるんです。
早稲田大学には、今も100とも200ともいわれる小劇団が存在する。役者の活躍する場は非常に多い。そして、“演劇”という共通点の下、制作、照明、舞台美術など、各地から様々な思いと夢を持った若者が集まってくるのだ。そういった環境の中、周りを認めさせ、皆から一歩抜け出した団体のみがプロになっていくのである。早稲田は、“学生演劇の聖地”なのだ。
一方、そんな早稲田にあっても、演劇に関わっていない人々にとって、“演劇を観るきっかけ”は非常に少ないのではないかと思う。私達の国には“観劇をする”という習慣があまりないということもあり、「どうやって一般の人達に観に来てもらうか?」というこの問題は演劇をやっている人にとっては、非常に大きな問題であるといえる。
しかし、早稲田という場所は、一般の人々の“演劇を観るきっかけ”が、実は、日本一多い場所だともいえるのだ。早稲田の街の店では殆どの場所で公演間近の劇団のチラシが手に入るし、早稲田大学にいけば、各劇団が競い合うようにして書いた、次回公演のおっきな立て看板が壮観だ。入場料だって¥0〜¥2500くらいまでと破格に安い。劇場は、お世辞にも環境がいいとはいえないが、いつも得体の知れないエネルギーに溢れている。気持ちさえあればこんなに“演劇を観るきっかけ”を得るのに適した場所はないのではないかと思う。そして、なんといっても早稲田には明日の演劇界を担う、若い力がゴロゴロしているのだ。サッカーは、「選手は、サポーターに育てられる」らしいが、お客さんの前で直に演じる演劇こそ、「役者はお客さんに育てられる」に違いないものなのである。役者はいろいろな人に観てもらい、それを感じることで成長していくものであると思う。また、いい役者、劇団を見つけ出し、その成長を見守る、というような事も楽しみやすいのが早稲田である。きっかけさえ掴めば、友達が出演していなくても、有名人が出ていなくても、お好みの演劇がきっとみつかるはず。それが早稲田という場所なのだ。
このコラムの終わりには毎回、お薦めの舞台というものを掲載してもらえる予定です。演劇に興味のある人は、ここらでひとつ、僕の提案するこの“きっかけ”に乗ってみるというのはいかがでしょう。
(2002.8.8)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------

久保木 秀直(くぼき ひでなお)
S.52年 茨城県生まれ、千葉県育ち。早大在学中、早稲田大学演劇倶楽部に所属。演劇を始める。innerchild,INSTANTwife,ロニーロケットなどの公演に参加。
98年、CMディレクターでもある演出家、塩田泰造のユニット“JALOPY”に初参加。以後現在に至るまで、ほとんどの塩田作品に出演。2000年より、歌と踊りと芝居の融合をコンセプトにしたバンド、霞町楽団の立ち上げに参加。霞町楽団のボーカル 兼演出・構成・振り付けなどを担当。バンドでの名前は「まろ」。ここ数年の目標は、「日本一の芝居を打つこと!」その為毎年正月には、初詣に行って、お祈りするのが習慣。 現在はフリーで活動中。
★所属劇団『大人の麦茶』ホームページ
http://www.otomugi.com/
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