大好きな趣味で開業する!ネット古本屋開業マニュアル
大好きな事で開業や副業をしたい」方には、自分が好きな趣味の分野で、お店が開けるネット古本屋をおすすめします。ワクワクな副業・週末起業ライフ実現の方法を連載!

【第8回目】
バタバタと毎日が過ぎてゆく。
さて、早稲田松竹の件では、毎日新聞に取り上げられるまでになった。(夕刊だけど)
誰だって、普通に生きていれば、取材されるということはほとんどないと思う。
ちょっとその話について、書いてみようかと思った。
最初に連絡があったのは、9月10日のメールだった。
プロジェクトのHPをごらんになったらしく、そこで、お話を聞かせてほしいというメールが来たのだ。
沼田としては、突然のことでちょっと驚いたのだが、9月末からは、広報に力をいれ、一気にプロジェクトの認知度を上げて、一気に覇を唱えるという展開を想定していたので、まったく問題はない。それにしても、どうして、このHPをみつけるにいたったのだろう?と不思議に思った。
記者さんは、フジタさんといい、何通かのメールをやり取りを終えて、13日19:00、待ち合わせ場所を早稲田松竹の前とした。目印は、記者さんは毎日の新聞を、沼田は、重そうなファイルを、ということにしておいた。
当日、少し早めについた沼田は、早稲田松竹の前は、いつのまにやら、仕事をしないで、拾った本を売り、ダンボールで寝ている人たちの居城と化してしまっていることに苦笑せざるえなかった。芥川の「羅生門」・・・さらには、寺山修二を思い出した。「書を売ろう。町に住もう」・・・そんな馬鹿なことを考えていると、フジタさんがいらっしゃった。
一目見て、フジタさんだとわかった。恰幅のいい、記者さんというよりは、どこかの会社の重役さんに見えた。僕らは、挨拶もそこそこに近くのエクセシオールに入って、そそくさと名刺交換を行い、話を始めた。ここで、「名刺をつくられたんですか???」と聞かれ「ええ。」と答えたのだが、たしかに、学生で、名刺を持つというのはあまりしないことだな、と思った。だけど、沼田の周りは学生なのに、名刺持っているのが普通の輩たちなので、言われて、はっとする有様。そうかそうか、自分も含めて、ちょっと我々はおかしな集団なのかも・・・。
話がそれてしまったが、結論からいうと、これ以上なくうまく説明できたと思う。流れるように言葉が出てきたので、沼田自身がわが身を疑ったほどだった。フジタさんは慣れた手つきでメモを取り、一時間ぐらいの取材だった。
ほとんど沼田がしゃべったわけだが、さいごに、
「なんで、この活動をお知りになったのですか?」と聞くと、
「いやあ、馬場で飲み屋を探していたんですよ」と答えが返ってきた。
そのときに、そういえば、休館になった、早稲田松竹はどうなっただろうか、と興味をもったのだろう。そんなわけで、後半は雑談を交えつつ、つたなく取材も終わりフジタさんとわかれた。取り立てて緊張することもなく、成功といえるだけの手ごたえはあった。続いて17日には、日経ホーム出版の取材もうけたのだが、説明はうまくできていた。
沼田も少し自信をつけ、あるプレゼンに望むことになる。
沼田のかかわるサークル。そのサークルで、プレゼンテーションをすることは、そのサークルが特殊なサークルであるがゆえに、重要な意味を成す。
これに関してはまた次回。
(*ちなみに、9月21日、毎日新聞の夕刊に記事が掲載されたわけだが、一番喜んだのは「母」だった。これは、おそらく、我が家で永久保存版の記事となるのでしょう。家宝になるやも。)
(2002.9.25.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
現在『duce』の代表として、映画のすばらしさを多くの人に知ってもらうための方法、仕組みを検討中。
◎早稲田松竹復活プロジェクトHP
◎ブログ『waseda-community』
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【第7回目】
おひさしぶりですね。
さて、
今回は、プロジェクトから離れて、高田馬場にあった映画館の話です。
ぼくも知らなかったのですが、高田馬場には
「高田馬場東映」
「高田馬場パラス」
「高田馬場パール座」
「ACTミニシアター」
「早稲田松竹」
と5つの映画館があったようです。
が、ご存知のとおり、そのすべてが休館、閉館へと追い込まれ、今現在では高田馬場、早稲田周辺で、スクリーンで映画をみることが出来なくなりました。
それぞれがあった場所には、なにが新しく出来たかというと、
「高田馬場東映」「高田馬場パラス」後には居酒屋が出来ました。
高田馬場駅からでて、左手のビルを見ると、「土風炉」という居酒屋が目 に入ります。
これです。 ・・・文化は酒に移り行く。
なんだか、世に象徴されるような様変わりですが、その酒も何か物悲しさ を感じるかもしれませんね。飲み屋には、まだ、映写室跡となっている部屋 があるらしいです。
(*そうそう、大久保にあったグローブ座が、ジャニーズの会社に買い取られたとか。あそこで、ジャニーズが公演するのか・・・ものすごく悲しいのは
僕だけ???)
「ACTミニシアター」はわりと最近出来た映画館です。25年ぐらいまえのようです。
映画好きのファンが集まり、開館したようで、この映画館がすごいのは、その席が座椅子なのです。40席しかなかった。映写機は16ミリだったということ。
作品はそれでも、今思えばものすごいラインナップ。
映画初期の作品群や、名作、旧作目白押しでした。たとえば、「アンダルシアの犬」「カリガリ博士」とかの古典(←いま、これをフィルムで見ることは可能なのか?しかし、まったくお客さんの入りを考えなかったらしい。)。
日本の巨匠作品は言わずもがな。鈴木清順特集もやっていた時期があったらしい。これは、去年、アート系映画としてリバイバルで上映が頻繁に行われ、若者が大挙して押し寄せ、再評価が高まると いったことをかんがえると、そのムーブメントを早稲田で作り出せなかったのは残念だなーと思わずにいられない。ここは、宣伝力や企画力の差か。ただ映画をやれば、人が集まる時代はすでに終わっていますからね。
今現在、ここは郵便局の着替え室になっているそうです。映画館が着替え室・・・。これにはねー、ちょっと悲しさ以上のものを感じましたね。
いまでも、そのプレートだけが、入口のところに残っています。早稲田生なら通学路でみることができますね。(早稲田古書店街の安藤書店さん隣りです。)
余計にさみしくなってしまいますが・・・。
(2002.9.4.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。現在、早稲田大学社会科学部4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
現在『duce』の代表として、映画のすばらしさを多くの人に知ってもらうための方法、仕組みを検討中。
◎早稲田松竹復活プロジェクトHP
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【第6回目】
署名を作るなかで、苦労したことのひとつに、「ファックス」がないということがあった。
ゼミの先生に聞いたところによると、署名集めるのに、ファクスは必須。困った挙句に、 ふと、その話してみると、ある知り合いから「こんなのあるよ」と教えてもらった。
それは「D−fax」という、無料のファックス番号を提供し、e―mailに転送する サービスをだった。こんな便利なサービスがあったとは、まったくしらなかった。
やはり、この世の中、情報をいかに集め、知識を吸収するかだな。うん。
さて、仮完成となった署名用紙を先生の所に持っていき、最終チェックをしてもらう。
ウェブでも署名活動できないかと、方法を模索してみる。しかし、これには技術的な問題 にぶつかってしまって、順調に進まず。ともかく、仮のHPは立ち上げてみた。
そんななか、沼田真一が参加しているサークルで、飲み会(交流会かな)があり、 その席で、早稲田松竹復活プロジェクトの話をしたら、面白がってくれる人が結構いた。
(このサークルがとっても特殊なサークルで、この話だけで、原稿用紙50枚くらいいって しまうので割愛。サークルは早稲田経営戦略フォーラムといい、簡単にいうと、企業家を輩出することを目的に、学生と社会人のネットワーキングをしているサークルです)
ここで、沼田はあたらしくプロジェクトチームを作ることにした。
「早稲田松竹復活プロジェクトチーム」
メンバーはぼくが知っている限りでは最強クラス。
仕事をする上で、何が一番重要かといったら、やはり、「人材」でしょう。 「人」がいなければ、何も動かないのです。
と、話がそれてしまったが、
ゼミの先生に会って話しているときに、教育学部のF先生が通った。
早稲田松竹の話をすると
「なにかあれば、協力しますよ」
とのこと。
うれしーねー、これは。
日を改めて、署名の賛同者としての、名前を借りにいくと、ほかにも、協力してくれそうな 先生のお名前を教えてくれた。
幸先がいい!!!
これなら、すぐに人数があつまる!!
と思ったのだが・・・。
あちこち回ってみても、先生方って、研究室にいないのです。授業のある日に行かないとどうしよもない。
しかも、会えたとしても、いきないり、署名がほしいといっても、聞いてもらえるかどうか・・・。
これは、前もって、「早稲田松竹を復活させようとしているグループがいる」 ってことを意識させたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、ちょど、メンバーから、メールが来た。
「早稲田の教授陣はこれからテスト、学会で忙しいのでゆっくり話を聞く余裕は無いだろう。
なので予めメールボックスか教授室の扉の前にビラを入れておいて、存在を認識させておいて電話、または授業後コンタクトがいい。また、忙しい各教授にあたるよりも総長か学生部長にまずあたっ た方が良い」という内容だった。
大学側にとっても、イメージアップにつながる活動で、うまくいけば、大学公認の活動になるかもしれない。
そうなれば、プロジェクトの成功率は俄然上がってくる。
よしそれだ!!
(2002.7.21.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。現在、早稲田大学社会科学部4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
現在『duce』の代表として、映画のすばらしさを多くの人に知ってもらうための方法、仕組みを検討中。
◎早稲田松竹復活プロジェクトHP
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【第5回目】
復活させるための方法は二つ。
ひとつは
「一般の人の関心を高め、その声尾を集約して、社会的必要性としての認識を作り出すこと」
もうひとつは、
「休館した根本的に問題をクリアーするための経営方法を組み立てて、儲かる可能性を提示すること」
復活のためには、やはり署名がもっとも効果的だろうとおもった。
ウェブ、メール、ペーパーを使いながら、早稲田の学生のみならず、映画を愛する人、早稲田を愛する人などの賛同を積極的に得ることができる、そうした、メディアの力で、大きな影響力をもたせることができるかもしれない。
次に、ビジネスモデルの構築
これは、やはり早稲田松竹が休館した原因として、集客力の問題があったことが第一。これを解決するために、「いかにすれば、お客さんが入るか」を検討する必要がある
最初にとりかかったのは、署名のほうだ。ネットで「署名」とか「署名用紙」とか検索してみると、かなりの数が出てきた。
わかったことは
1.署名には法的拘束力はない
2.書式や、形式はばらばら
3.署名内容はさまざまある
・・・むむむ、しかし、たくさんあるなー。
参考にしながら、ひとつ簡単なサンプルを作ってみた。
周りの人間にみせてみると、意見はばらばら、困ってしまったので、ゼミの先生にみてもらうことにした。
先生にはたくさんアドバイスしていただいたのだが、重要なところは2つあったと思う。
1.紙が一人歩きしてもいいように、文書は練りに練る
2.「呼びかけ賛同者」にだれがいるかで、署名活動の成否が分かれる
それを踏まえたうえで、パソコンと向かい合って、考えをめぐらしてみる。
ともかく、思いつく限りの言葉を並べると、短編小説並みの文量になってしまったので、またこれを編集してゆく。ここまでの過程に相当量の時間をとられた。
さて、この紙切れでどれくらいの人を動かせるかな。
最初はざっと仕上げて、何人かにみてもらうが、結構意見はばらばら、最終的には、紙が一人歩きしても通じるもの、ということで、しっかりと文章を作りこむことになった。なかなかくろうしてしまい、時間がかかった。
これを元に、賛同者の名前をもらい、付け足していく。そうすることで、署名活動に箔をつける。
さらに、出来上がったものを多くのメディアなどに投稿し、取り上げてもらい、マスに向かって、その必要性を訴え続ける。
シナリオはできてるんだけどなー・・・。
(2002.7.1.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。現在、早稲田大学社会科学部4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
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◎早稲田松竹復活プロジェクトHP
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【第4回目】
ゴールデンウィーク明け。
親会社「松竹映画劇場株式会社」に早速電話してみる。
「すいません、早稲田大学の学生なのですが、早稲田松竹の件でお聞きしたいことがあるのですが」
「はい。何でしょう?」
「あのー休館中ということですが、復活の予定などはないのでしょうか?」
「ええ、再開に向けて努力はしておりますが、現段階ではなんとも申し上げようがございませんが・・・」
「そうですか、いや、ぼくは一介の学生でもあるのですけど、都市計画を勉強もしておりまして・・・」
ここでこまったのは、自分のポジションなのです。
一介のファンとして話を聞くのか?
ビジネスとして、話をきくのか?
NPO団体として、話を切り出すのか?
研究のためといって話をきりだすのか?
警戒されたら話にならないので、「早稲田大学で、映画好きの学生。ちなみに専攻は都市計画」という立ち位置で話し出しました。
「みなさまの暖かいお声を多数お預かりいたしておりまして、社内でも、再開をめざしておりますので、もうしばらく、 お時間をいただけないでしょうか?」
「・・・そうですか・・・。5分でも、10分でも、お会いして、お話しすることというのはできませんかね?」
「お気持ちだけお預かりさせていただいて、申し訳ありませんが・・・」
「経営不振ということで、休館なされたようですけども、HPをつくって宣伝するとか、会員システムをつくるとか、チラシを他の劇場に置くとか、たくさんお客さんを呼ぶ手法って言うのは考えられるんじゃないですかね?」
「そうですね、お気持ちは十分をお預かりさせていただきましたので、そのように、上のものにも申しておきますので・・・」
「再開が決定するまで、一定期間でも、映画館をほかの団体に貸すというようなことはありませんかね?」
「ええ、まだ、社内でけんとうちゅうですので、なんとも申し上げられませんので・・・」
「・・・そうですか・・・。では、また、後ほどお電話をします」
30分ぐらい粘ったのですが、話に展開がみられず。ともかく、5月いっぱいは時間が欲しい、ということで、待つ しかないようでした。
松竹は大会社なので、やはり一介の学生身分では話を聞いてもらえないのか?
買うのも、借りるのも無理!!!当然か。
では、署名を集めて、必要性を訴えかけるか。
さらに、新しい経営システムの提案書をつくってみよう。
というわけで
1.復活希望の署名によって、松竹を動かす
2.新しい経営システム、宣伝手法、営業計画の提案書を作成する
1.は早稲田のゆかりの人や卒業生、映画ファンなどの声をあつめれば、大きな数になるんじゃないか。また、名画座と
いう、映画館そのものにスポットを当てて、全国に散らばるこうした映画館を応援し、名作、旧作などの映画にたくさんの人に触れてもらうきっかけになるかもしれない。
2.はそもそも、全国の中小映画館がかかえている問題なので、それを解決する手があればいいわけだ、これはたくさん考えられる。」
うーん、考えること多いなー。
(2002.6.4.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。現在、早稲田大学社会科学部4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
現在『duce』の代表として、映画のすばらしさを多くの人に知ってもらうための方法、仕組みを検討中。
◎早稲田松竹復活プロジェクトHP
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【第3回目】
復活させるためにはどうするかな・・・。
まずは、その休館した原因を探るべきだろうということで、ウェブなどで情報を検索。 意外に引っかからなかったりする。
やっと見つけた記事にはこう書いてあった。
「外資系の大型映画館の進出の波の中で名画座が生き残っていくのは難しかった」 昨年は前年比で約15%入場客が減少するなど赤字経営が続いており・・・。
!!!
・・・ちょっと驚いた。儲けようとしているとはおもわなかったので・・・ たしかに、予算とかないのだろうけど、それなりに宣伝のやり方ってあるとおもうが。
まあ、いいや。
情報としてはたいしたものが集まらなかったので、直接電話をかけてみた。
「あのー、私、早稲田大学の学生で、都市計画の研究をしているのですが、その中で、地域文化にスポットを当てていて、早稲田松竹のことについていくつかお話を聞かせてほしいのですが・・・」
「えー、担当のものが不在でして、詳しくは、渋谷の会社のほうにお問い合わせいただけますでしょうか?」
「あ、そうですか、支配人はいらっしゃらないのでしょうか?」
「支配人は3月いっぱいで退社されました」
「そうですか、ご連絡先などをお伺いすることはできないですかね?」
「・・・すでに松竹を退社された人間ですので・・・」
「そうですよね。すいません。では、渋谷の会社の電話番号を・・・」
さて、
沼田が考えた早稲田松竹復活案は大きく分けると3つに分かれます。
A.買う
B.一定期間でも借りる
C.署名、また寄付をあつめる
こういったことが可能なのか、それを確認するための電話でしたが、この電話ではっきりしたこと。
1、早稲田松竹は松竹につながる会社が管理している
2、あくまで「休館」中で、「閉館」はしない
3、当時の支配人は退職、アルバイトは解雇された。
3の問題、このなかの誰かに接触して、情報をあつめられないかな?
うーん・・・。
ともかくそういうわけでA〜Cは上の会社<松竹映画劇場株式会社>に聞かなければ、わからない。
さて、じゃあ、その会社にかけてみるか。
・・・
・・・
・・・
ゴールデンウィークで電話かからず。 なぜ、「早稲田松竹」には人がいて、「管理会社」は休みなの?!
(というわけで、ゴールデンウィーク中、電話はつながりませんでした)
(2002.5.17.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。現在、早稲田大学社会科学部4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
現在『duce』の代表として、映画のすばらしさを多くの人に知ってもらうための方法、仕組みを検討中。
◎早稲田松竹復活プロジェクトHP
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【第2回目】
さて、ここで、
「なんでお前がそんなことしたいの?」
「そもそもなにものなの?」
という意見がでてくることでしょう。
これを説明するのにはかなり難しいのですが、挑戦してみます。
なんで、難しいのかっていうと、それは、ある料理のレシピを説明するのに似ています。
カレーの作り方を、カレー粉を入れるところから説明しても、初めての人はわけわからないっすよね。
ぼくの人生観とかもそうなので、まあ、誰でもそうでしょうけど、中途半端にしか伝えられないんだったら、自分のことを説明したくないなっておもうんです。
むむ、余談でした。
自己紹介。沼田真一はこう考えているんです。
映画をもっとたくさんの人に見てもらえるような仕組みや場所、方法が作れないのだろうか?
映画のすばらしさをもっとたくさんの人に知ってもらえないだろうか?
映画はメジャー系、ミニシアター系、インディーズ系、または、ドキュメンタリーなどたくさんあるけれど、それぞれに驚くほどひきつけられる魅力がある。それは有名無名関係ない。
そんな映画たちと平等に出会ってもらい、「発見」「感動」「衝撃」「共感」を伝えることができないか?
映画は完全に「消費文化」となってしまいました。
それは、この日本のほとんどものに言えることかもしれませんが、「生きる」ことそのものさえ「消費」のような気さえします。
そのことに真っ向から立ち向かいたい。
名作、準新作を上映し続け、さらに、二本立て、低料金、一週間興行の名画座早稲田松竹。
早稲田松竹を復活させることは、映画を救うことであり、文化を救うことであり、日本そのもの在り方に疑問を投げかけることになるのです。
大事なのはなんだっけ?っていう。
duce(デュース)はそうしたぼくの思いをこめて、作ったグループです。
「introduce,produce」の語尾をとり、また、イタリア語で「ドゥーチェ」と発音し、引率者、統率者の意味があります。
映画をたくさん知ってもらうことが、人生において、大きな「出会い」と「発見」につながるだろうと考えています。
そこには生きてゆくうえで大事なヒントが隠されていますよ。
きっと。
(2002.5.10.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。現在、早稲田大学社会科学部4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
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【第1回目】
3月23日のこと。
早稲田通りをいつもどおり歩いていると、
早稲田松竹のラインナップの看板が見えてくる。
遠目から「ポンヌフの恋人」をやることがわかった。
監督のレオス・カラックスはもっとも僕に衝撃を与えた映画監督の一人。彼の「汚れた血」をみたとき、ジュリエット・ビノシュの美しさと作品の映像美に魅せられた。そうそう、それが大学一年生のときだった。
もっと近くで、看板を見ようとすると、白い紙が張ってある。
「早稲田松竹4月1日より、当分の間休館」
へ?
頭が真っ白になりそうだった。
へ?なくなるの?休館??潰れるってこと??
しばし呆然。
しかし、数秒後、真っ白になった頭にものすごい勢いで、怒りとも、悔しさとも
言い切れぬ感情が湧きあがってきた。
・・・ふざけんな!!絶対そんなの拒否!!
つぶすもんか!ACTの二の舞にさせないぞ!!
こいつをつぶしちゃならん!!
早稲田に映画館をなくすな!
ものすごい勢いで、頭が回り始め、何をどうすべきか考え始めた。
たいていのひとは、
「そっかー残念だなー」
で終わるだろうが、おれはちがうぞ!
松竹に直談判してでも、食い止める!
最終手段、内臓の一つや二つ、売っぱらってでも、
こいつの利権をかいとる!
とにかく、あらゆる手段をこうじて、なんとかしなけりゃならん、
このままだまってみすごすわけにはいかん!
どうせなら、後一年待って欲しかった。
そのときには、もっと僕ら『duce』も力をつけて、いろいろと早稲田松竹に
貢献できたろーに。
とはいっても、現実は現実。
このままほっとけないので、あちこち暗躍し、
必要ならお金をあつめて、買い取るなり、寄付するなり、
とにかく、なにかします。
早稲田映画の牙城を守り抜く!
決意表明です。
絶対にこのままにしておかない。
気合と頭と行動力で、現状を打破します!!
「早稲田松竹復活プロジェクト」スタート!
このまま終わらせませんよ!!!
(2002.5.09.)
☆著者プロフィール---------------------------------------------------------
沼田真一
1978.8.6生まれ。現在、早稲田大学社会科学部4年都市計画のゼミに所属。
幼年期を茨城県水戸市で過ごし、少年期は群馬県館林市、小学六年生より現在まで埼玉県川越市に住んでいる。天真爛漫な高校生活では吹奏楽部に所属し、男子校吹奏楽部の部員として、特異な生活と仲間を手に入れた。さまざまな伝説と逸話をともにした高校生活にピリオドを打つと、一部のできのいい友人を除いて、多くの仲間とともに予備校生活に入る。現役時代の失恋の痛みを勉強の励みに換えて、二年後に早稲田大学社会科学部に合格。めでたく入学した。「不可能を可能にする男」(自称)として、その努力と強運で友人たちに広く恐れられることになる。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、人生をより広く豊かにしつづけながら現在に至る。
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