第17回 生協書籍部との5年間【本部篇】 南陀楼綾繁
早大の本部生協は、西門通りを出て右側の建物だった。隣は
テニスコートだったと思う。入口の辺りには自動販売機があっ
たりして、学生の溜まり場になっていた。入った年の4月にこの
辺で、荒木経惟がサイン会をやっていた。小林信彦との共著
『私説東京繁盛記』(中央公論社)の販促だったが、いま調べて
みるとこの本は1984年に出ており、なぜ二年後にサイン会を
やっていたのか謎だ。白夜書房の編集者・末井昭氏がヨコにいて
サックスを吹いていたのも、謎だった。しっかり二人分のサイン
をもらったが。
それはさておき、教育学部の前の広場を抜けて小さな門から
外に出ると、すぐヨコに階段があり、そこから生協の裏口に入れた。
書籍部に行くのに、そのルートを愛用した。今日はナニか新しい
本が入ってるかな、と期待しながら、狭い階段を下りていくとき
のカンジが好きだった。本部の書籍部は、文学部の生協の数倍の
広さがあり、理工書、政治、経済、法律などの専門書、洋書、
学術雑誌などが揃っていた。ぼくが専攻した歴史学やサークルで
やっていた民俗学の本も、コッチのほうが量が多かった。見つから
なければ注文して取り寄せることもできた(けっこう早く届いた
ように思う)。
本部の書籍部を本格的に使うようになったのは、おそらく3年生
の頃。当時、「早稲田カード」とかいう、大学発行のクレジット
カードを手に入れ、それで本を買いまくった。一月に3万とか4万
使い、それを6回とか12回の分割で支払う。よく考えたら(いや、
考えるまでもなく)、分割手数料がものすごいのだが、前に買った
本を引き落としで現金がなくなってしまい、それでまたカードで
支払うという悪循環だった。一歩間違えば、新刊本でカード破産して
いたかもしれない。
大学を卒業してからも、生協は使っていた。大学院の試験に落ちて、
一年間、「研究生」という、まあ聴講生みたいな身分だったのだ。
授業に出たコトはほとんどなく、図書館と生協を使う権利を確保する
ために、親に授業料を出させたようなものだった(いまさらだが、
両親に感謝)。この年の7月10日の日記には、以下のようにある。
「生協に行く。橋本治の『桃尻娘』完結編はいまだに出ない(あとで
東販ニュースをみると、また一カ月のびて8月10日になったとのこと)。
『近代庶民生活誌 天皇・皇族』『南方熊楠アルバム』『美酒ミステリー
傑作選』『小さん集』『正蔵・三木助集』などをもってレジへ行き、
『明治編年史』と一緒に精算」
『近代庶民生活誌』は三一書房から刊行されていたシリーズで、
一巻8000円ぐらいだった。『新聞集成 明治編年史』全15巻は、戦前
に出たものの縮刷復刻版(本邦書籍)で定価は8万円。つまり、この日
だけで10万円近くの出費だ。もちろん、このあと2年近く掛けて分割払い
したはずだ。すでに、ゆまに書房でアルバイトをはじめていたとは云え、
尋常ではない。
ぼくにとって大学生協は、必要な本を安く買えるありがたい場所で
あるとともに、毎月大量に新刊を買ってしまう習性をもたらした、
うらめしい存在でもあるのだった。
☆著者プロフィール--------------------------------------------------------
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
1967年、出雲市生。1986-90年、早稲田大学第一文学部に在学。
現在、ライ ター・編集者。「sumus」「サンパン」「本のメルマガ」などの同人として、
本 に関するあれこれを書き散らす。
世界初(自称)の古書目録愛好フリーペーパー 「月刊モクローくん通信」を発行中。
問い合わせはメールで。kawakami@honco.net
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