■■古本バイト道■■ 第8回 濱野奈美子
神田古本まつりの会期中のある朝、開店の準備をしていると、顔なじみに
なった本屋さんがロッテリアの紙袋を抱えてやってきました。
「食べる?」
会社からの給料が止まっていて実質プーだった私は、もちろんありがたく
頂戴いたしました。朝ご飯抜きでしたしね。まだ開店時間にはなっていない
し、別にここで飲食しても問題はないはず。
でも、いろんな食べ物や飲み物がやってくる嬉しい状況はこの後も続いた
のです。ガムやキャンディー、缶コーヒー、サンドウィッチ、コロッケ…。
貧乏人には夢のようです。夢のようではありますが、私の良心は一つの決断
をしなければなりません。
「営業中の飲食は許されるのだろうか?」
本屋さんは、営業中の飲食については実にオープンです。
私は、中学までサラリーマンの家庭に育ち、古本屋さんを抜かしては接客
のマニュアルがあるようなファーストフード店とか服やとかでバイトしてき
ました。営業中の飲食なんてもってのほかです。
しかし、頭にはひとつの画が頭に浮かびます。結構よく行く近所の古本屋
さんです。店に入ると「お、今日はチャーハンだ」と、においですぐにわか
る。店主はいつもカウンターで食事をしています。いや、ずーっとご飯ばっ
かり食べているわけではないと思うのですが、その時間にぶつかってしまう
確率がめちゃくちゃ高い。
別の近所のお店は、帳場が引き戸の向こうにあります。大抵は全開になっ
ているのですが、たまに半開きのときがある。こういうときは必ず食事の時
間です。その奥では、ちゃぶ台の上に小鉢が並んでいて、平日の昼ならテレ
ビでみのもんたが緑茶の効能かなんかをぶっていて、おじさんとおばさんが
向かい合って頷いている。平和な日本の家庭がそこにある。
こういう画を私は、「牧歌的でいいなぁ」と見ていたわけです。たぶん昔は、
どこのお店も商売と生活が当たり前に一緒にあって、こんな光景は珍しくも何
ともなかったはずです。
でも、仕事と家庭が切り離されていることが多い現代においては、なかなか
微妙。オフィシャルな場にはなるべくプライベートは持ち込まないほうがいい
とされているし、だから、職場に乳飲み子を連れてくると論争になっちゃうし、
デートだって残業断れないし、「俺と仕事とどっちが大事なんだ」なんて聞か
れちゃうし(聞かれたことないけど)。
少なからぬ葛藤の末、私自身は「もっとおおらかでもいいよなぁ」という
結論に達しました。だから、お客さんの迷惑にならない範囲では飲食してま
した。今でもそうです。
古本屋さんの世界では、「店=住まい」が当たり前で、だから「店でご飯」
にも抵抗がない。それはサラリーマンとはちょっと違った価値観です。自分と
違う価値観がそこにあったとき「けしからん」と怒ることもできる。でも、
「なるほどこれが流行のスローフードか!」と、感心してみたりすることも
できます(的はずれですけど)。どっちが、精神衛生上良いかといったら後者
ですもんね。少なくとも、私は。
ま、こんな私の悩みなんて、「赤ちゃんのときからお店で育ったから、店
でご飯食べるなんて普通」という2代目、3代目から見れば、訳わからんこと
でしょう、きっと。
☆著者プロフィール------------------------------------------------
濱野奈美子(はまの・なみこ)
フリーライター。長い古本バイト経験を生かして『アミューズ』の古本特集や
『古本 神田神保町ガイド』(共に毎日新聞社)などで活躍する。本業のライ
ターでは古本だけではなく、サッカー、食べ物なども。なんでも来い。
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