第14回 〈ACTミニシアター〉の昼下がり【前篇】 南陀楼綾繁
早稲田の古本屋街のちょうど中ほど、〈安藤書店〉の隣の郵便局
の二階に、その映画館はあった。階段の上り口には、〈ACTミニシア
ター〉と書かれてあり、その月のスケジュール表(味のある手書き
文字だった)が貼り付けてあった。
前を通るたびに「入ってみようかな」と思い、『ぴあ』でも
チェックしていたのに、初めてココで映画を観たのは、大学生活も
三年が過ぎてのことだった。入りにくかったのは、なんとなく「高尚」
なイメージがあったからだろうか。午前中のモーニングショーでは、
いつも『カリガリ博士』『アンダルシアの犬』『メトロポリス』
などの無声映画をやっていたし、メインのプログラムも小津安二郎
や成瀬巳喜男など名作中心で、「映画観るならアクションか
コメディ」派には、どうしても入りたいという吸引力が感じられな
かった。
同じビルには、映画関係の資料を備えた「図書室」があって、タダ
の映画館じゃないぞという自負心がうかがえた。だから、よけい
「映研向け」という感じがあったのだ。
しかし、〈ACTミニシアター〉が定番の名作しかやらない名画座
だというのは、勘違いだった。同じ作品を何度も掛けるのは、恐らく
そのフィルムを所有していて、コストが掛からないからだろうし
(いまになっての推測だけど)、岡本喜八や鈴木清純の特集上映
だってちゃんとやっているのだ。
最初にココで観たのが、ナンの作品だったか覚えてないが、
その後、ときどき通うようになった。
受付でお金を払うと、チラシと飴(たしかミルキーだった)と
ポリ袋をくれる。靴を脱いでポリ袋に入れ、カーペット敷きのフロア
に上がる。客席といっても、椅子ではなく、微妙な段差のあるスペース
に適当に座るのだ。たいていは客が少ないので、寝転んで観るのだが、
オールナイト上映で満員のときは、足も伸ばせず、窮屈な思いをした。
背後にはわずか20センチほどの背もたれがあって、これがオールナ
イトではマクラ代わりになる(前川つかさの名作マンガ『大東京
ビンボー生活マニュアル』に、〈ACT〉をモデルにしたと思しき回が
あるが、そこでは一人ひとつずつマクラを配っていた)。
オールナイトのときは、映画が一本終るごとに外に出て空気を
吸ったり、前のコンビニでサンドイッチを買って戻ったりした。
とっくに終電も終った真夜中の早稲田の街で、一体ナニやってるん
だろう。そんなトコロにいる自分がアホらしかったり愉しかったり。
スクリーンの右手には、大きな寄せ書きがあった。これは1970年代
半ばに〈ACT〉が設立されたとき、準備資金をカンパしてくれた有志
が書いたものだという。中には、後に映画監督や俳優になったヒトの
名前もあったらしいが、細かく見たことはない。
上映時間になると、チリンチリンと鈴を鳴らし、女のヒトが
スクリーンの右手に手を突っ込んで、空調を止めてしまう。音が
うるさいのだろうが、おかげで、上映中は暑かったり寒かったり
する。後ろのカーテンを閉めると暗くなり、映画がはじまった。
(以下次号)
☆著者プロフィール--------------------------------------------------------
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
1967年、出雲市生。1986-90年、早稲田大学第一文学部に在学。
現在、ライ ター・編集者。「sumus」「サンパン」「本のメルマガ」などの同人として、
本 に関するあれこれを書き散らす。
世界初(自称)の古書目録愛好フリーペーパー 「月刊モクローくん通信」を発行中。
問い合わせはメールで。kawakami@honco.net
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