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通天閣の見える街から(5)

■■通天閣の見える街から(5)■■  八子博行

〜大阪の二つの旬のスポットが本に〜

2月28日に本メルマガにも連載を寄せておられる、南陀楼綾繁こと
河上進さんが来阪し、「飛田百番」という料理屋で飲み会が持たれた。
「飛田百番」というのは、大阪でもそして全国でも珍しいのではないか
と思うのだが、まさにバリバリ現役の遊郭・飛田新地にある。(なもん
で、新地に入ると「飛田百番」に着くまで、あちこちの茶屋からお誘い
の声がかかる)


大阪には、この飛田新地のほか九条に松島遊郭があり、こちらも現役だが、
この飛田新地はスケールや活気という点で松島を圧倒しているようだ。
「飛田百番」は、かっての遊郭建築をそのまま使って料理屋として営業
しており、大阪名物の一つといってもいいだろう。

その「飛田百番」での飲み会でのこと、丁度私たちが使っていた前の部屋
で飲んでいたのが、『飛田百番』(橋爪紳也監修・創元社)という写真集
を出版したばかりのフリーの編集者・原章さん一行だった。しかも、
『飛田百番』出版のお祝い会だったらしい。原さんは、もと創元社で活躍
され、海野弘さんの『モダンシティふたたび』や、北尾鐐之助『近代大阪』
の復刻を手がけた人だ。『BOOKISH』も、4号『海野弘が歩いたモダン
シティ』では、原さんに随分御世話になった。

さて、その写真集だが、飛田新地の中でも遊郭建築として一際威容を誇る、
『飛田百番』の姿を8ヶ月かけて、休日である月曜日に撮影を行なったもの
で、現在、照明として使われている蛍光灯を全部はずし、当時使われていた
タングステンライトにつけかえ撮影されたらしい。また、この本を企画した
橋爪紳也さんと吉里忠史さんは、「百番を愛する会」という私設応援団の
ような飲み会を行なっている方々で、『百番』内部の細部に至るまで紹介は
行き届いている。私は、今回の飲み会を含めて、まだ二回しか『百番』を
訪れたことはないが、この一冊があれば、『百番』の楽しみ方がぐっと
広がるようで、次に訪れるのを心待ちにしているところだ。

そして、もう一冊、原さんの関わった本で、同じ頃刊行された、『大阪・新・
長屋暮らしのすすめ』(橋爪紳也・創元社)こちらも大阪の旬の話題を
取り込んだ一冊。

今、大阪では、空堀や中崎町など、古い長屋が残っている街で、長屋を改装
してカフェやギャラリー、古着や雑貨を売る店などが出来て、訪れる人たちを
楽しませている。

この本でも紹介されている中崎町で「Salon De AMANto 天人」というカフェ
をやっているJUN君は、かってうちの店にもよく来てくれていたのだが、3年ほど
前に、一人で長屋の改装をはじめ、「空きや再生パフォーマンス」と名づけ、
改装の過程を公開し、延べ1129人のひとに手伝ってもらいカフェをオープン
した。

彼なんかの例を見ていると、経済の地盤沈下が叫ばれる大阪だからこそ、既存の
ストックを利用しつつ、低予算でやりたいことができるという、若者たちにとって
は、結構、いい状況が生まれつつあるのでは、などと考えたりもする。

ところで、大阪の長屋だが大正期の調査によると、東京や京都が、同じ借家でも
一戸建ての独立家屋が過半数を占めいていたのに対し、大阪の場合、大半は長屋
形式だったという。

ただ、大阪の長屋は、裏長屋の狭いイメージではなく、一戸一戸の規模が大きく、
他の都市の町屋に匹敵するものが結構多いらしい。

どおりで、前述のJUN君の「Salon De AMANto 天人」などは、随分、広々として
いて長屋のイメージにそぐわないのに驚いた記憶がある。

いずれにしても、大阪で今、一番おもしろい二つのスポットを本にパックしてしま
った原さん、やっぱり感度のいい編集者なんだと思う。


☆著者プロフィール-------------------------------------------
八子博行(やこ・ひろゆき)
1950年大阪生まれ。
小学校教師を20年続けた後、関大前で「ゲートマウス・カフェ」と
いう飲食店を経営。(ゆくゆくは古本も置きたいという)
昨年、季刊雑誌『BOOKISH』の創刊に参加、今年6月刊行の4号から
編集・発行人に。
http://homepage1.nifty.com/vpress/bkbackno.html
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2004年09月16日

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