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俳優・演劇・早稲田【第3回】

―第3回目「“文化の街「早稲田」の想像”その1」
演劇の街「ワセダ」を語るその1― 久保木 秀直

[コトの始まり]
 このコラムの連載が決まった頃、このHPの主宰である横手氏と4時間位、早稲田のシャノアールで語り合った事がある。
  話題は、「文化の街“ワセダ”の形成について」であった。僕と横手氏とは同時期に早稲田大学で学生時代を過ごした仲で、現在お互いの進む道が全くちがってしまってからは、共通点は「二人とも早稲田が大好き」という事ぐらい。
  事の発端は横手氏のこんな発言だった。「早稲田古本ネットをやるようになって、早稲田の街の人とたくさんふれあうようになった。それで、改めてこの街には、色々な魅力のあるコンテンツとそれに対するエネルギーが詰まっていると感じた。でも、今はそれらの魅力が上手く繋がっていない、だからそれぞれの持つエネルギーがいまひとつ街の魅力に成り得ていないんだ。」というようなことを いっていた・・・気がする。おそらく言っていた。

  そこから2人は猛烈に、「古本の話」「早稲田出身芸能人の話」「早稲田松竹の話」「早稲田祭の話」「早稲田の街の話」etcなど早稲田の持つコンテンツに対する“俺は早稲田のココが好き!”というよくわからない自慢話?が繰り広げたのだった。そして結果的に「このような早稲田の持つ文化的な側面が上手く繋がったら、早稲田はスゴイ街になるのではないか?」ということに流れていったのだ。
  今思うと、横手氏はその時点で、早稲田の文化的側面である“古本”をつなぐこのHPを立ち上げていた訳で、きっとそのような事は前からなんとなく頭の中にあったんだと思う。そして、このワセダサイドウォーク は、“早稲田の文化のエネルギーを繋ぐ1つのきっかけ的存在に成れるのではないか ?”僕はそんな気がするのだ。
 
  そんなこんなでで僕は、「文化の街“ワセダ”」の前に「演劇の街“ワセダ”」の事を想像してみることにした。


[演劇の街・・・・]
  東京には、演劇のメッカといわれる土地が数カ所ある。代表的なのは新宿や下北沢などだが、これらの街には1つの共通点がみてとれる。それは、新宿駅の周りには、タイニィアリス・シアターモリエール・シアターサンモール・シアタートップス・紀伊国屋劇場etc、下北沢駅の周りには、 「劇」小劇場、駅前劇場、OFFOFFシアター、スズナリ、本多劇場etcのように1つの駅の周り(おそらく半径一キロ以内)に大小様々な複数の劇場が密集してい るという点。そして、それらの劇場が、集客数300人位まではこの劇場、1000人位までは、この劇場、というように劇団の成長に合わせて、土地を変えずに使う劇場 が変わっていく事ができるというシステムが出来上がっている点である。
  そして、こ のシステムは若い小劇団に対し「よし!○年間であそこの小屋でやれるようになって やる!」というわかりやすい目標にもなっているのだ。そして、順調に動員数を伸ばし、その土地のトップの劇場でレギュラーのような形で芝居を打っている集団になる と、みんなから羨望の眼差しで見られたり、目標にされたり、新宿系、下北系などと よばれて、その土地で大きくなった有名劇団と云う事になっていくのだ。  

  それでは早稲田をみてみよう!早稲田の劇場はというと、今現在、一般的な劇場は “ゼロ”。1つも無い。実際には早稲田大学の校内に劇場スペースが2箇所あるには あるのだが、「ぴあ」などの情報誌に載っている一般向けの劇場は、大学校内以外に 今はゼロ箇所なのである。この現状は、「演劇の街“ワセダ”」という観点からすればかなり淋しいものがある。が、実はそんなに悲観的になる必要はない。実際はそう いった中でも、早稲田大学の中には、今も多数の劇団が存在し、有名になった劇団も数多くあるからだ。
  では、それらの劇団はどのようにして成長していったか?やは り、どの劇団も大学校内の劇場から、公演を始めるケースが多いようである。大学の 劇場用スペースで劇団の旗揚げをして、ある程度の人気、集客動員数、組織作りがで きるようになると一般の劇場に進出していく。というケースが理想的なようだ。  
  学生劇団にとって、大学校内に劇場スペースがあるというのはありがたい。大学の施設である為、劇場代は無料、舞台はフリースペースのようになっているので自由な表現活動が出来るし、お金や責任のかからない分チャレンジ精神旺盛な表現活動が許されるからだ。さらに、大学校内である為、学生の客が集まりやすい。


[学生劇団の行く道]
 しかし、一方で問題点もある。それは、劇団がプロになる事を本気で考えた時だ。プ ロ劇団として必要なこと、おそらくそれは公演で収益をあげ、さらにより多くの一般 の人々に作品を観に来てもらう事であろう。
  実は、大学校内においてはこれらに応えることはできない。具体的には、大学では“営利目的の公演”は認められていない為、公演に対する収入的な面は初めからほとんど期待する事ができないのだ。仮に口コミや、いち早く情報雑誌などに取り上げられて、観客が増えていったとしても劇場スペースでは一公演の総動員数800人位のもので限界にきてしまう。一般 的に、2000人を超えたあたりから一般の観客が、ファンとしてついている劇団といわ れるらしいのでこれでは規模が小さすぎるのだ。
  そんなわけで、プロを考えた学生劇団、または、心ならずも「卒業」を迎えてしまった学生(?)劇団などは大学以外の劇場を探し出すようになるのである。  大学以外の劇場を探し出した学生劇団で、始めから自分たちのやりたいような憧れの劇場で芝居を打てるということはかなり稀なケース。ほとんどの劇団が、今の自分達に見合った劇場を探すところから始まるのだ。
  そのようにして、学生劇団は、新たな船出をしていくわけだが、そこにはいくつかのきびしい現実が待っているのだっ た。その厳しい現実の中、大体どの劇団も1度は“人気が出て売れ、憧れの劇場で芝居が打てるまでの「忍耐比べ」の時期”を味わうようになる。

  具体的にはこのような流れだ
→1.まず、大学校内とは違い、劇場代・STAFF費等色々なお金がかかるように成る。
→2.収入源であるチケット代を高くしなければならない。
→3.今まで の主客であった学生が、場所が遠くなった事、値段が高くなった事などから集まり辛 くなる。
→4.一般のお客さんを増やす為に更にお金等がかかり劇団の負担が増す。
→5.劇団の皆のがんばりによりなんとか集客数1000人前後までいくが、劇団員皆、 自分の周りの知人・友人を呼び尽くしているので、先の事を考えると途方にくれる。
→6.なにかの“きっかけ”を掴んで人気が出たい!と思いながらも、モチベーショ ンとお金が勝負の“忍耐の時期”を過ごす。
→・・・そして、ここから先が様々。
チャンスを上手く掴んで人気の出る劇団、個々が様々な活動をして、個人的に売れていく劇団、逆にモチベーションが長続きせず、解散してしまう劇団など様々な結末が待っているのが現状なのである。

★次回⇒(“文化の街「早稲田」の想像”→その2ヘ続く!)

☆著者プロフィール---------------------------------------------------
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久保木 秀直(くぼき ひでなお)
S.52年 茨城県生まれ、千葉県育ち。早大在学中、早稲田大学演劇倶楽部に所属。演劇を始める。innerchild,INSTANTwife,ロニーロケットなどの公演に参加。
98年、CMディレクターでもある演出家、塩田泰造のユニット“JALOPY”に初参加。以後現在に至るまで、ほとんどの塩田作品に出演。2000年より、歌と踊りと芝居の融合をコンセプトにしたバンド、霞町楽団の立ち上げに参加。霞町楽団のボーカル 兼演出・構成・振り付けなどを担当。バンドでの名前は「まろ」。ここ数年の目標は、「日本一の芝居を打つこと!」その為毎年正月には、初詣に行って、お祈りするのが習慣。 現在はフリーで活動中。
★所属劇団『大人の麦茶』ホームページ
http://www.otomugi.com/
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2004年09月10日

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