■■古本バイト道■■ 第4回 濱野奈美子
「アナハチ」は、高田馬場駅と早稲田駅の間にある神社だという
ことでした。誰かがいったのかそれとも勝手にそう思いこんでし
たらたら歩きが早歩きになり、仕舞にゃ走る。会社に行っていた
頃、駅まで走って電車の中で年中貧血になっていた記憶が甦って
きますが、そんなことは言っていられないのです。そして、いく
ら何でもこんなに遠いわけはない、これはきっと道を間違えてし
まったんだろうと確信したその瞬間、私はついに見たのです、
燦然と輝く「穴八」という文字を。時間は? どうやら間に合い
ました。なんだかもう、1日分の体力を使い果たしたような気分です。
しかし、こんなものはまだまだ序の口だったことはすぐにわか
りました。即売展初日を甘く見ちゃいけません。
手順の説明を受けて、10時前になったので帳場に立つと、
周りが何やら異様な雰囲気です。テントの周囲に張り巡らされた
紐のところでスタンバイする本屋さん、平台にかけられたビニー
ルシートを持って待機する本屋さん?してその周りにはたくさん
のお客さんが「位置について」の格好で待っている。そして、
10時になって、一斉に紐やビニールシートが外されると、
たくさんのお客さんがなだれ込んできたのです。
目が点。
初めて見た光景です。今まで手伝った即売展はここまですごく
はなかったです。でも、もっとすごかったのは、これから1時間
ほど経ってからでした。開場と同時に入ってきたお客さんが、帳場
にやってくるのは11時から1時くらいまでの間と相場が決まって
います。ぽつりぽつりとお客さんが来だして、「お、このペース
なら私にもできそうだな」なんて思っているうちに、帳場の前には
長蛇の列ができてしまうのです。
本の最後のページに貼ってある札の下半分を切って、値段を計算
して、お金をもらって、おつりを渡して、本を包んで、抽選券と
古書店街の割引券の説明をしながら本と一緒に渡して、「ありがとう
ございました」と顔を上げると、そのお客さんの後ろにはまだまだ
たくさんのお客さんが、本を抱えて立っているという状態。どんなに
慣れてなくても、どんなに計算が苦手でも、どんなに手先が不器用
でも、誰も助けてはくれません。とにかく目の前のお客さんを一人
ずつやっつけていかないことには、列は減りません。
この日、私の前に並んでしまったお客さんの中には、抽選券も
割引券ももらえなかった人が結構いると思います。本を売るという
最低限のことをやるので精一杯で、そこまで気が回らなかったの
です。この場を借りてお詫び申し上げます。
やっと人の波が引いた頃、本屋さん達が「食事に行こう」と誘
ってくれました。たどり着いた定食屋さん、今思えばそれはこのほど
閉店してしまう「フクちゃん」で、名物のチョコとんを勧められたよ
うな気もするのですが、その時は、「疲れ切って欲もないのに、
こんな大量の揚げ物をどうしろと?」とぼんやり思うだけでした。
☆著者プロフィール------------------------------------------------
濱野奈美子(はまの・なみこ)
フリーライター。長い古本バイト経験を生かして『アミューズ』の古本特集や
『古本 神田神保町ガイド』(共に毎日新聞社)などで活躍する。本業のライ
ターでは古本だけではなく、サッカー、食べ物なども。なんでも来い。
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