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早稲田で読む早稲田で飲む【第3回】

第3回 『「三楽書房」 いま、むかし』  南陀楼綾繁

四月十六日の夕方、ぼくは高田馬場から早稲田に向かって急いでいた。3年前 に閉店していた「三楽書房」がこの日に営業を再開するというニュースを聞きつ けたからだ。この店は1956年暮れに開店し、約40年後に休業した。そして数年間 のブランクを経て、再び世の中に戻ってきたワケだ。気ぜわしく明治通りを渡る と、「平野書店」のひとつ隣りに、何年か閉まったままになっていた「三楽書 房」のシャッターが確かに上がっている。中に入ると、平日の夕方なのに、4、 5人のお客さんが。帳場では若い男性とそれを見守る妙齢の女性が。間違いな い、学生のときに何度も見たあのおばさんだ。

 当時は、たくさんある古本屋の一軒ごとの名前を覚えたりはしなかったけど、 「三楽書房」の屋号だけは頭に刻み込まれていた。店内の左側の棚には、文学全集や作家の個人全集がぎっしりと詰まっていた。その多くは全巻揃いで売られているものではなく、端本として一巻ごとに買えて、しかも安かった。谷崎潤一 郎、泉鏡花、南方熊楠、岩波の「思想大系」などを一冊800円から1500円ぐらい までで買って、ナンだか大学生らしくアタマを使っているような気分に浸ったも のだ(ロクに読みませんでしたけどね)。そのときに、本を包んでくれたヒトが ココにいるおばさんだった。新しい「三楽書房」も、入って左側には全集の端本 が並んでいた(休業前の在庫を並べたらしい)。

 トコロで帳場の若者は誰だろう? あとで聞くと、この男性こそが、新しい 「三楽書房」の店主・安藤章浩くん(27歳)だった。同じ早稲田の「安藤書店」 の息子で、ラフな服装にさっぱりとしたヘアースタイル。古本屋さんにしとくの は惜しい(?)ほどの好男児である。じっさい、アパレル業界で働いた経験もあ るそうな。数週間後に、安藤くん、「古書現世」の向井透史くんと一緒に、高田 馬場の「イエティ」でネパール料理を食べつつハナシを聞いたが、二人とも子ど もの頃から古本屋である父を見て育ち、自然にこの仕事を選んだように思える。

 新しい「三楽書房」は、いまのところ、以前とさほど変わらない品揃えに見え る。安藤くんも特別変わったコトをやるつもりはないと云う。でも、しっかりと 変化はある。店の一隅にパラフィン掛けされた翻訳文学書が数十冊並んでいるの だが、それは内容の良さだけでなく、装丁などのたたずまいのイイ本ばかりだっ た。ぼくは、式場隆三郎の『サド侯爵夫人』(昭和書房、1947年)を手に取っ て、東郷青児の装丁と扉絵に目を奪われた。コレで600円なのだから、安い。海 外文学に興味がない学生でも、思わず買ってしまう値段だろう。ちょっとしたコ トだけど、前の世代の古書店主からは出てこない発想ではないか。

 消えていったものを懐かしむか、新しく生れたものを珍しがるか。街の変化に ついて書き留めるとき、ヒトはどちらかに偏りがちだ。でも、ホントはその二つ の間で起こっているコトがいちばんオモシロイ。旧いものを受け継ぎつつ、新し いものに変わっていく、いわば街の「DNA」の変化が。いつか早稲田の古書店 の歴史について書くとすれば、ぼくは休業を挟んだ二つの「三楽書房」のことか ら語り始めたいと思っている。
(2003.7.10)


☆著者プロフィール--------------------------------------------------------
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
1967年、出雲市生。1986-90年、早稲田大学第一文学部に在学。
現在、ライ ター・編集者。「sumus」「サンパン」「本のメルマガ」などの同人として、
本 に関するあれこれを書き散らす。
世界初(自称)の古書目録愛好フリーペーパー 「月刊モクローくん通信」を発行中。
問い合わせはメールで。kawakami@honco.net
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2004年08月20日

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