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古本バイト道【第2回 『ヌキ』って何さ】

■■古本バイト道■■ 第2回 濱野奈美子

 約束の木曜日、指定された場所に行くと、そこは灰色の薄暗いビルでした。
驚いたことに受付嬢がいたので、「バイトに来た」と告げてみると、「3階に上が
れ」と指示される。3階に上がると事務所のようなところがあり、そこでまた
「アルバイトに来た」と告げると、「『ヌキ』の人はこっち」と別室に通されまし
た。

「なんじゃ、『ヌキ』って??」

意味もわからず座っていると、私のほかにも若い女性が何人かやってきました。
一緒に待っていると、ボールペン、表のようになっている用紙、たくさんの茶封筒
が配られました。そして、以下のような説明がされたのです。

「書店さんごとにこの紙は1枚ずつ。ここに書店名、ここに封筒に書いてある番号と
書名と値段を書いて。『何本』って書いてあるのは忘れずに写すこと。書き終わった
封筒は、この四角い枠の中にチェックして、ここに入れて…」

 「はぁ?」です。
本を売るつもりで来たのに、とんだ見当違いです。もちろん指示されていることは
わかりますよ。だから、それだけをひたすらやるんです、頭を空っぽにして。この
仕事にどんな意味があるのかなんてことを考えちゃいけません。だって、何が何
だかさっぱりワケがわかんないんですから。
 さて、月日は流れました。今の私は『ヌキ』の意味を知っています。『ヌキ』と
は、市場の仕事で、書店ごとに落札した商品の明細を作る仕事です。明細を作る
んだから、とっても重要な仕事です。語源は知りませんが、たぶんエッチ方面とは
関係ないでしょう。
 私が古書会館にデビューしたこの日、1994年の9月22日(木)は、「一新会の
大市」の日だったのです。

 ここから市場のシステムの話です。ちょっと専門用語が多く、面倒くさいですが、
我慢してください。

 一新会は神田支部中心の市で、毎週木曜日に行われています。東京古書会館
では、月曜日から金曜日まで毎日市が開かれていますが、各市場の説明はまた
後日改めてしたいと思います。大市は年に1回。通常市より扱う数も1点の金額も
大きいのが普通です。
普段の市には出ないような一冊で数万円という本がたくさん出ます。
 東京古書会館の市場は入札方式です。品物には一点ずつ、あらかじめ書名と
商品番号の入った封筒がついており、ほしいものがあったら、その封筒の中に
金額を書いた札を入れます。その封筒のなかで一番高い値段を書いた人が、
晴れてその商品を落札することができる仕組みです。

 開札は、『経営員』と呼ばれる書店の有志が行い、落札者と金額は封筒の表
の所定の場所に明記します。「○○書店 12000円」というように開札した人
が封筒に書き込んでいくのです。
 封筒はその後、『ヌキ』のところへやってきます。ここで、明細を作ります。
落札者は、明細をもらえば落札した商品と総金額が一目でわかるというわけです。
この明細を作る係が『ヌキ』と呼ばれています。ちなみに明細書自体の名も『ヌキ』
です。明細の名と仕事の名が同じ。ややこしいです。
 ヌキの人は、受け取った封筒から、商品番号、書名、本口、落札金額を抜き
書き、リストを作成します。一人が数軒の書店を担当し、封筒を運んでくる係の
人が「○○書店やってる人」と呼ぶので、その書店が自分の担当ならその封筒
をもらってどんどんリストに書き込んでいきます。
 ヌキってのは、4枚複写になっています。1枚が本屋さん、1枚が組合の控え…
あとの2枚はよくわかんないけど、とにかく4枚複写なワケです。当然、4枚全部
に文字が写ってないと意味がない。だから、ボールペンでゴリゴリ書かなけきゃ
なりません。
当時でさえ、ほとんどの記事をパソコンで書いていた(言い忘れましたが、
私は業界紙の記者でした)
非力な私に、これは結構過酷な労働でした。それに、初めての場所で初めての
仕事をするという緊張も加わり、いつまで経っても時間が進まない。しかもヌキは、
意外と忙しい仕事なのです。疲れます。
疲れるけど、なんか楽しい…今思えば、それは単に労働に飢えていただけのことか
もしれないのですが…。そんなこと考えてるからかどうかはわかりませんが、この日
また、私は古本バイトの新たな扉を開けてしまうことになるのです。でも、その話は
また次回。

この話はまだ続きます。


☆著者プロフィール------------------------------------------------

濱野奈美子(はまの・なみこ)
フリーライター。長い古本バイト経験を生かして『アミューズ』の古本特集や
『古本 神田神保町ガイド』(共に毎日新聞社)などで活躍する。本業のライ
ターでは古本だけではなく、サッカー、食べ物なども。なんでも来い。
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2004年08月17日

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