早稲田の文人たち【その2】 浅見淵
種を明かすと、前回このコラムで最初に「浅見淵」に登場してもらったのには、実は少々ワケがある。「『慎太郎憎し』からでしょう?」って? まあ、それもあるけれど、それだけではない。だいいち、「東京都近代文学博物館」も「石原慎太郎」も〈ワセダ〉とは直接の関係はない。
このコラムの〈早稲田の文人〉たちは、主に1930年代から戦後の50年代ぐらいにかけて活躍した人を採り上げる予定である。しかし、これから続々とこの連載に登場させるにあたっては、この「浅見淵」に立ち会ってもらわないと、浅薄な筆者の能力では、このテーマは少々荷が勝ちすぎるのである。
また何よりも、〈早稲田の文人〉たちが世に出るにあたっては、この「浅見淵」の世話になった人が多かった、ということがある。
浅見淵の仕事は、前回にその著書のいくつかを紹介したが、略歴ふうに肩書きを記せば、彼は小説家、評論家である。といって、小説で世に知られるような作品はなく、評論といっても、がんじがらめの「論」を展開していったわけではない。
小説は、大向こうを張った作風ではなく、どちらかというと地味だし、素人の私がいうのもなんだけど、「芸」を感じる玄人好みのところがある。評論も、八の字を寄せて読まねばならぬようなものではなく、読み巧者の目利き鑑定の趣をそなえて、文壇史、文学史をいつも視界におさめているから、楽しいし、わかりやすい。
だから、「小説家」はある時期までの彼の肩書きに残しておくとして、評論活動の方は「文芸プロデューサー」的役割を果たした、といったほうが理解しやすいかも知れない。
そのひとつに、慎太郎や梅崎春生を発掘したというのがある。いまひとつには、今日決してメジャーではないけれど、文学の筋目を通し、良き作品を遺していった作家たちを、さらに後世に残すかたちでプロデュースしたことが挙げられる。
たとえば、中谷英子がいる。梶井基次郎、中谷孝雄、外村繁ら三高出身者が出した同人誌『青空』は、基次郎の『檸檬』の初掲誌でのちに有名になるが、この誌名の命名者は中谷孝雄夫人・英子であった。中谷英子も小説家であるが、その彼女の本に『青空の人たち』(昭44・皆美社)というのがあって、この本の執筆の仕掛け人が、浅見淵なのである。
( 補注:その翌年、夫・孝雄の『同人 青空・日本浪曼派』という本が講談社から出ている。浅見淵の弟・篤は『青空』メンバーの三高 の後輩として彼らと交流があり、淵自身も、孝雄、繁らとは同人誌『世紀』で一緒に活動している。)
ある時、淵は英子に、「(『青空』のことを)今のうちに書いておかないと、誰も書く者がいなくな」り、「それは(のちに)文献になる」、と言ったという(『青空の人たち』あとがき)。
で、確かに今日、この本は貴重な証言として残され、時折、文献・資料としても使われる。
そうした浅見淵の、仕掛け、あるいはプロデュース(企画立案)になる作家の単行本や個人全集は数多い(前回の砂子屋の例はそのひとつ)。
その中の〈早稲田の文人〉たちはこれからおいおい見ていくとして、今ひとり、〈ワセダ〉とは直接に関係のない作家を浅見淵がらみで挙げると、最近、突如として気になりだしたのが、古木鐵太郎である(小社刊行の雑誌『サンパン』で、「古木鐵太郎と出遭って思うこと」を連載中)。
古木鐵太郎(1899〜1954)の生前の単行著は一冊きりで、ほかには上林暁との共著が一冊しかない(いずれも戦前の刊行)。彼の没後の7回忌に『紅いノート』(昭34・校倉書房)、13回忌に『折舟』(昭41・校倉書房)、19年目に『葉桜』(昭47・皆美社)のほか、私家版を含めて何冊かの本が刊行されているが、今、古本で手に入るこれらは、すべて遺稿集である。そのほか、1988年(昭63)に『古木鐵太郎全集』(第1巻〜第3巻)が刊行されている(最終巻の第4巻は92年に刊行。いずれもその刊行会による発行)。


鐵太郎と同年生れの、早大中退の富ノ澤麟太郎(1899〜1925)は、生前に著書を持たず、没後に一冊だけ横光利一編による『富ノ澤麟太郎集』という作品集がある(その64年後の2000年、小社はEDI叢書の一冊として宮内淳子編による『富ノ澤麟太郎 三篇』を刊行した。これが第二作品集となる)。が、彼が亡くなったのは26歳という若さであった。
それにひきかえ、鐵太郎は29歳で改造社を辞めて以降、職を持たず、55歳で亡くなるまでの間ずっと作家活動をつづけていた。にもかかわらず、単独の作品集はただの一冊だけであった(その間、鐵太郎はどうやって生活を支えていたかは、今ここで触れる余裕はない。私小説なので作品をお読みいただきたい)。
鐵太郎没後の作品集は、ほとんどの場合、遺族の要請によって刊行され、遺族からその相談を持ちかけられたのが、浅見淵であった。
先の遺稿集三冊は、こうして淵の奮闘によって刊行された。
『紅いノート』には佐藤春夫(鐵太郎の義兄)の「敍」と、瀧井孝作(改造社時代の先輩)の「追想」が、『折舟』には尾崎一雄、小田嶽夫、上林暁、木山捷平、外村繁、中谷孝雄、浜本浩(いずれも同人誌仲間)の「追悼文」が寄せられ、そのいずれにも淵の「解説」が付されて、淵の手によって編まれている(『葉桜』刊行の翌年に、淵は亡くなる)。
鐵太郎は、今やほとんど忘れ去られた作家であるが、作家没して約半世紀を経て、何かのきっかけで出合い、新たにファンになる読者もいる。そうした時に「本」という形態で残されているのは、本当にありがたい(さらにそうした時に、古書店、とりわけ早稲田古書店街の存在もありがたい)。
ということで、浅見淵は、後世の者にとって、メジャー作家ばかりではない、いずれ評価されるべき先人たちの業績を振り返る縁(よすが)を作り、残してくれたことでも、大きな功績のある人なのである。
(2002.5.25.)
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著者プロフィール 松本八郎(まつもと・はちろう)
1942年、大阪生まれ。早稲田在住40年。早稲田にて出版社EDIを主宰。忘れら れた作家たちをこつこつと掘り起こす。「EDI叢書」「サンパン」などを発行 して話題に。
「sumus」の同人でもある。
◎EDI ホームページ
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