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特集2 編集者という仕事

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古本共和国 第14号('99)

編集者の仕事 出版ジャーナリースト 塩澤実信

"産婆"のような仕事 

インターネットやパソコン通信を媒介にした、デジタル情報の雑誌や書籍が流通し始めた今日である。グーテンベルク以来の活字を主体とした出版物に、古典の匂いが漂う感も否めなくなかったが、編集者の仕事は依然として、紙の上に活字や写真、イラストをレイアウトし、プリントする形の出版物に発揮されている。 この出版編集者の役割――仕事がどのようなものであるかを、「産婆」にたとえて、わかりやすく説明したのが、名著『出版概論』の著者ローベル・エスカルピであった。 ある作品が生まれるためには、すぐれた編集者がいなければ、その作品はついに生を享けることがない、という意味からだった。エスカルピは言葉を継いで、編集者は、゛産婆"にとどまらず、出産前にいかに産むべきかの助言者であり、産むどうか、出産間ぎわの嬰児(作品)の生殺与奪の権をにぎった裁判官。時には日の目を見ない前に流してしまう堕胎者であると、説明していた。 さらに彼は、衛生学者、教育者、仕立屋、職業指導者……果ては奴隷商人にも匹敵する役割をこなさなければならない旨、述べていた。 千手観音のような多くの手と、顔を持つ必要性ということになるだろうか、望むべき編集者の仕事ぶりは、エスカルピのいう通りであっても、現実にこれだけの多面性を揃えた編集者は滅多にいるものではない。むしろ確固とした自己の見識、判断にもとづいて、書き手や作品、読者に対処できる器量の持ち主が、編集者の望むべき条件であるといえる。 文壇の最長老・文芸評論家の河盛好蔵は、編集者の基本的条件であるこのあたりを、自らの体験に照らして、次のように述べていた。「私自身も敗戦後しばらく編集の仕事にたずさわっていた。そして自分の口から言うのはおこがましいが、編集者として相当な腕前であったと信じている。 その頃私の方針にしたのは、自分の知りたいこと、読みたいこと、読みたいことを最も適任と私が考える人に書いて貰うことであった。読者のなにかタメになる記事を載せようなどとは考えたことはなかった。自分の知りたがっていることは、読者もまた知りたがっていると思っていたからである」 河盛のこの考えと同じことを披瀝しているのが、筑摩書房で「展望」を創刊し、『現代日本文学集』全九九巻を成功させた臼井吉見と、河出書房で「文藝」編集長として、数多くの作家と傑作を世に問うた坂本一亀である。 臼井は「展望」創刊に当たって、筑摩書房の顧問だった唐木順三、中村光夫と討議を重ねたうえで、ようやく到達した結論が、「基本方針もあるものか。自分のつくりたい雑誌、自分の読みたい雑誌をつくりゃいいんだ」 という明解な宣言だった。続けて彼は言う。「僕ら自身が読者だということ、僕らを離れた読者などという、よそよそしい存在を考える必要なし。勝手に読者を想定して、それをおだてたり、気をひいてみたり、教えさとしたり、おどしたりするような雑誌が多すぎたきらいがなくはなかった。一つぐらいは、編集長が自分の読みたい雑誌をつくることもゆるされるだろう。そんなに雑誌に共感してもらえる読者が、ある程度、いなはずない」

編集発想の原点

新人発掘・育成の名伯楽だった坂本一亀も、河出書房の危機存亡の瀬戸際に『現代日本小説大系』の編集を一任され、二十代の若さでまず、思い浮かべたことは、内外の卓抜した編集者に共通したこの発想だった。「私自身読みたいと考える本、それが私の発想であった。編集者も読者の一人である。後年、編集者は読者の代表である、とはっきり意識するようになったが、もちろん、編集者の誰もが考えていることでだろう。私はどうしても読みたい本、欲しい本、それは私一人の希望ではなく、全国にも幾人か、幾百人か、幾千人か、いや、ものによっては幾万人かがいるにちがいない。企画を、そういう気持ちで徹底して考えてみることだ、と思った」 この思考の行きつく先は「誰に、なにを、どのように書かせるか」ということになる。この考えの実現は、文芸雑誌の編集者と作家の関係で熾烈に発揚され、後世に残る傑作が生まれる原点になる。 講談社の「群像」編集者を二十年つとめ、後半の十年編集長の大久保保房男に、その類のエピソードが少なくなかった。 吉行淳之介と宮城まり子との関係が、文壇のゴッシプを賑わせているころ、吉行の本妻が講談社へと大久保を訪ねてきたことがあった。吉行が大久保のいうことだけは聞くから、宮城との関係になんとか意見してほしいとの懇願だった。 この願いに対し、「私は仕事以外で作家とつき合うつもりはないし。作家がいい作品を書くためにはできるだけの世話をしようと思うけど、作家の世俗的な幸福とか家庭のことなどどうだっていいと思っている奴ですから、そんなこと頼まれても困ります」と冷たくいい放った。 さらに、吉行の師匠筋の佐藤春夫に呼び出され、吉行とまり子の事情聴取を受けたとき「つまらん小説しか書けん模範的人格者よりも、放蕩無頼でも傑作を書く作家の方を大事にします。家庭が乱れた方が傑作ができるんなら、私の方からすすんで家庭を乱してやりたいぐらいですよ」 と言って、佐藤夫人を唖然とさせた。 吉行淳之介は、二年後「女性に惚れたときの妻子ある男の状態の悲しさを含んだ滑稽さ」を、『闇のなかの祝祭』百七十五枚に結実させ、「群像」へ発表。彼の中期の傑作に残した。 ところで、編集者は書き手から届いた生原稿を最初に読む立場にある。そのとき作品を見分ける鑑賞眼の高さと、厳しい妥協のない姿勢が必要とされる。「文藝」の坂本一亀は、こと妥協のない編集者の典型だった。彼にしごかれ、後年、中上健次や島田雅彦、吉本ばななを発掘する寺田博は、先輩の仕事ぶりを次のように述べる。「たとえば、生原稿を食いつくしたようにして読み、句読点のつけ方一つで著者と論議していた。題名を決める時はもっとひどかった(中略)。『良い原稿にするためなら決して手は抜かないぞ』という信念が、その仕事ぶりによく表れていた」 高名な作家でも、書き直しはざらだった。新人は徹底してしごき、二年、三年越しの数百枚の労作も、何回となく書き直しを命じた。 ある新人は「今回も駄目を出されたら、坂本編集長を刺してやろう」とひそかにナイフを懐にしのばせていたという伝説もあった。 書かせる側も書く側も、まさに命がけの勝負だったのである。

頭脳と肉体を酷使

「文藝春秋」を、゛国民雑誌"と謳われるまでに育てた池島信平は、「編集者として一番大切な仕事は何か」に触れて、「見識」と「節操」をまずあげた上で、「しかし、そうした徳目は、敢て編集者のみに要求されることではない」として「編集者は編集企画がまず第一に大切」と述べていた。 「企画――これは私たちはプランというのだが、プランのない編集者は、どんなに彼が有徳の士であっても、編集者ではないと信ずるのである。 編集者として稀代の大存在であった菊地寛氏は、プラン・メーカとして実に一流中の一流であり、彼が私たちに要求するのも、ただプラン、プランであった。私たちからプランを引っぱり出すのに好適の雰囲気をつくる達人であった」 池島は「エディター武芸一八般」ともいうべき、次の七項目をあげていた。 

一、編集者はまず企画を樹てなければならない。 
一、編集者は原稿をとらなければならない。 
一、編集者は文章を書けなければならない。 
一、編集者は校正する。 
一、編集者は座談会を司会しなければならない。 
一、編集者は絵画と写真について相当な知識をもっていなければならない。 
一、編集者は広告を作成しなければならない。
 これに、現在ではワープロが打てる、パソコンやDTPの操作もできる、国境を飛び越えて行き交う情報を読む語学力、国の内外を取材する能力まで持つ必要があろう。 それを完璧にこなせればスーパーマンだが、池島信平のあげた項目の一つでもマスターしていれば、路頭に迷うことはないだろう。 池島の言う編集者の第一条件、プランを徹底的に求めたのは、「主婦の友」創業者の石川武美だった。彼は全編集者に「案帖」をもたせ、毎日一案ずつ提出させていたが、  練りなほしなほ練りなほし練りなほし   編集案は練るほどによし を、原則としていた。 石川武美の下に、二十六歳から四十八歳までの満二十二年間いて、骨身に徹して石川イズムを叩き込まれたのが、戦前゛大本郷"と謳われた本郷保雄だった。戦後、婦人誌「ホーム」を創刊し、挫折するや、小学館オーナー相賀徹夫社長に招かれて集英社編集担当役員となり、この社の大をなす流れをつくった編集者だが、生前筆者に、「石川さんは、頭脳と肉体を極度に酷使し、知能と努力のかぎり尽して、祈りの心で立案するよう求めていました」と、その特訓のすごさを語ってくれた。 いま時、こんなすさまじい特訓に耐えられる編集者がいるかどうか。    (文中敬称略)

古本共和国 第14号('99)

2004年07月21日

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